第10話 手助け

電車に揺られること2時間。


少し電車の中で仮眠をしたせいか、思ったよりも早く着いたけど、体調が優れず気分が悪い。


あともう少しでつくんだけど、『横になりたい』そんな気持ちでいっぱいだった。


退社して以降、こんなに長時間、電車に揺られるのも、太陽の光に当たるのも初めてかもしれない。


『クラクラする…』


そう思いながら電車に揺られ、やっと到着した後、携帯の地図を見ながら歩く。


『帰りは実家に行こう』


そう思いながら携帯片手に歩くこと10分、一軒家の前に着いた。


家の前には乗用車が2台停まっていて、外からでは中の様子がわからない。


敷地内に一歩踏み入れると、木製のドアの横には、曇りガラスのスライドドアがあり、そこに小さく『K'sクリエイト』と書かれていた。


『ここだ…』


何度も携帯と一軒家を交互に見た後、曇りガラスを少しだけ開けた。


グレーのスーツを着ている男性と、紺色のスーツ姿の男性が二人で一つのファイルを見ながら話している姿と、ヘッドフォンをして、黙々と作業をしている私服姿の男性。


デスクに座っている女の子の後ろに立ち、指示を出した後、もう一人のスーツの男性は、二人の男性の中に合流していた。


活気あふれるというよりは、切羽詰まった感じで、私のことに全く気が付いていない様子。


男性4人は、『同級生』って言ってたから、見たことがあるに決まっているんだけど、どういう人だったのか、自分とどんな接点があったのかが全くわからない。


考えようとすればするほど、頭の中がもやもやして、鈍い痛みに変わっていた。


そっと扉を閉めようとしたら、「何か御用ですか?」と、女の子に声をかけられた。


女の子の声につられるように、全員がこちらを見る。


すると、さっきまで女の子に指示を出していた男性が、笑顔でこちらにやってきた。


「ホントごめんね!マジ助かった!!」


『この人が木村君?』


そう思いながら、無言で鞄からUSBを取り出し手渡す。


「具合悪そうだけど大丈夫?」と言われても、黙って頷くことしかできなかった。


女の子の「社長、お電話です」の声で、木村君は「ちょっと待って」と言い、奥に行ってしまう。


すると、入れ替わるようにして、さっきまでファイルを見ていたグレーのスーツ姿の男性が近づいてきた。


「顔真っ青じゃん。ちょっと座ってなよ」


親しそうに話してくるけど、全然覚えていない。


「いや、あの、大丈夫です」と答えたんだけど、男性は半ば強引に、私を近くにあった椅子に座らせた。


隣にはヘッドフォンをし、2台のパソコンの前で黙々と作業をしている男性。


時々、ファイルを見ては手を動かし、一言も発しないまま作業を続けていた。


すると、紺色のスーツを着ている男性が、私の座っていたデスクの端にファイルを置き、「怖くない?」と笑いながら聞いてきた。


「ユウゴ、納期迫ってるから必死なんだよね。話しかけない方がいいよ。キレるから」


紺色のスーツの男性は、笑いながらそう言うと、向かいのデスクに座り、作業を始めた。


黙々と作業をしている姿を見ていると、昔の自分を見ているようだった。


『前は毎日こんな感じだったなぁ… 誰かに手伝ってもらいたかったけど、だれにも頼れなかったな…』


そう思ってしまうと、いてもたってもいられず、ファイルに手を伸ばした。


するとユウゴ君は「触んな!」と怒鳴りながらヘッドフォンの片耳を外し「あれ?美香ちゃん、居たの?」と、聞いてくる。


「これって仕様書通りにやればいいんですか?」


ファイルに視線を落としたまま聞くと、ユウゴ君は「え?あ、うん」と、拍子抜けしたような声で返事をする。


「このパソコン使えますか?」と聞くと、「え?あ、はい。どうぞ」と言われたので、さっそく目の前のパソコンを起動し作業に取り掛かった。


困っているときに手を差し伸べることは悪いことじゃない。


誰もしてくれなかった事だけど、誰も気が付いてくれなかったことだけど、本当はこうして欲しかった。


そんな風に思いながら、黙々と作業を続けていた。

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