第9話 トラブル

在宅での仕事をもらい始めてから数週間がたった頃。


今までの生活が大きく変化した。


今までは朝起きると、しばらくの間はベッドから動けずにいたけど、最近では起きてすぐにカーテンを開け、パソコンを立ち上げる。


起動までの間に洗濯機を回し、顔を洗うように。


作業の合間に洗濯や掃除をしていたせいか、部屋の中が綺麗になっていた。


そして大きく変わったのが食事。


今までおかゆやうどんをクタクタになるまで煮込み、お椀に半分程度しか食べられなかったけど、徐々に固形物を食べられるようになっていた。


電話にも出るようになったせいか、言葉を発することが多くなり、買い物の頻度も3日に1度に。


週に1度程度だった通院も、2週間に1度に変わり、心療内科への通院は、どうしても辛くなった時以外、行かなくていいようになった。


今までは外に出ることが億劫になり、嫌々通院や買い物に出かけていたけど、よく晴れた日には「気持ちいい」と思うようになっていた。


はじめは仕事量も1日に1~2本、1日おきに作業をする程度だったけど、最近では1本あたり短時間で終わる作業が毎日5本程度着ていた。


ある日のこと、出来上がったデータを送ろうとしたんだけど、エラーが出て送れずにいた。


パソコンを調べてみると、こちら側の問題ではなく、サーバー側の問題で送れないことが発覚。


すぐに木村君に電話をすると、「今、兄貴に聞いてるんだけど、返事がないんだよね」と困った様子だった。


「このデータ、今日中に必要なんじゃ?」


手元にあるデータを見ながら聞いてみると、木村君は思い出したように「そうだ…やべぇ…」と呟いていた。


「家ってどこ?これから出なきゃいけないから、ついでに取りに行くよ」


木村君の提案に「え?無理」と即答してしまった。


すぐに必要なデータが私の手元にあるんだから、渡さなきゃいけない事には変わりないんだけど、正直言って家に来られるのは嫌だ。


けど、今から出るって言ってるから、待ち合わせしている時間も無なさそうだし、でも必要そうだし…


少し考えた後、「会社に届けるよ」と言ってしまった。


木村君は不安そうに「大丈夫か?」と何度も聞いてきた。


最初は「大丈夫だよ」と答えていたけど、何度も聞かれるうちに不安になってしまい、「やっぱりやめようかな」と思い立ってしまった。


が、木村君は「やべ!時間だ!住所はメールするから頼むな」と言い、一方的に電話を切ってしまった。


『余計な事言うんじゃなかった…』


後悔先に立たずとはまさにこの事。


ベッドに倒れこむように横になり、しばらくボーっとした後、ゆっくりと身支度を始めた。


身支度を終えた後、携帯にメールが来ていることに気が付いた。


木村君からのメールを見て愕然とし、「やっぱり来てもらおうかな…」と思ってしまった。


会社の場所が、実家からなら30分で着くけど、現在住んでいる場所からは、2時間半近くもかかり、電車を乗り継いでいかなければならない。


最初から在宅前提で話を進めていたから、会社の場所も聞いていなかったし、出勤できる状態になったら引っ越そうかとも思っていたせいで、詳しい場所を聞いていなかった。


けど、行かなきゃいけない事には変わりない。


がっくりと肩を落としながらUSBを鞄に入れ、渋々家を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る