第6話 本題
手の震えを抑えながら懐かしいと感じる声を聴いていた。
懐かしい声は、記憶の糸を手繰り寄せるように思い出話をし始め、徐々に声を発することはできるようになっていた。
しばらく話していると、声に慣れてしまったのか、手の震えは治まり、普通に会話をできるようになっていた。
『ちょっと楽しい』
こんなに長電話をするのなんて何年ぶりだろう。
いつもは用件だけ言って切っていたし、退職後は電話に出ること自体が稀になっていた。
一人暮らしだし、テレビもネットも見ない生活だったから、『笑う』と言う行動自体から遠ざかっていた。
『私、まだ笑えたんだ…』
ふとそんなことが頭をよぎる。
ただ、軽く感じていた頭痛は時々激しくなり、ふいに激痛が走るようになっていた。
急な激痛に耐え切れなくなり「ったぁ…」と声が漏れると、「どうした?大丈夫?」と心配する声が聞こえてきた。
「え?あ。うん。大丈夫」
「体調悪いんだっけ?また今度…、あーだめか。どうすっかなぁ…」
独り言のようにぶつぶつと言った後、いきなり切り出してきた。
「本題に入っていい?」
「壺なら買わないよ?」
私の冗談をきっかけに、電話の向こうから大きな笑い声が聞こえた。
『この笑い声、すごい懐かしい』
そう感じると同時に、座っていられないほどの激しい頭痛に襲われ、床に倒れこんでしまった。
「全然違うから安心して。本題なんだけど、うちの会社手伝ってくれない?」
「うちの会社?」
「そ。うちの会社」
詳しく話を聞くと、会社経営をしていた木村君のお父さんが去年急逝し、お兄さんと二人で会社を継いだんだけど、税金対策で分社化。
当時、転職を考えていた友人や、フリーターをしていた友人に声をかけ、会社経営をしていたけど、人手が足りなくなってしまったらしい。
「噂で聞いたんだけどクリエーターしてたらしいじゃん?しかも大手に居たんだよね?偶然だけど、うちも同業なんだよねぇ。すんげー忙しいから、手伝ってもらえないかなぁって。どう?」
「どうって…」
「もちろん、体調のこともあるから、しばらくは在宅でできる仕事を回すよ。データのやり取りはクラウドを使えば負担は少ないっしょ。在宅の期間はバイト扱いになるけど、体調が良くなったら出社してくれればいいし、継続して出社できるようになったら正社員として迎えたいって思ってるんだ。他にも要望があれば最大限検討しようと思ってるんだけど、どう?」
「うーん… ちなみにいつから?」
「今すぐ」
突然の申し入れに、頭痛ではなく、違う意味で頭を抱えてしまった。
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