火の舞

奈那美(=^x^=)猫部

第1話

 「健太朗、おまえホタル見たことあるか?」

クラスメイトの颯太が休み時間に話しかけてきた。

「もちろんあるぜ。颯太は?」

「おれもある。でさ、ホタルって、漢字で書けるか?」

「当たり前だろう……ほら。」

 

 おれは広げていたノートの隅に『蛍』の字を書いた。

おれは理数系は苦手だけど、国語の成績はまあいいほうだ(自称……だけどな)

「じゃあさ、その漢字の部首はわかるか?」

「『ツ』じゃないのか?」

「ぶっぶー。ハズレ。そいつの部首は『虫』なんだとさ」

「マジか?」

「おれも聞いたとき驚いた」

「へえ。雑学HPアップしたな」

おれのからかいを無視して、颯太は話し続けた。

 

 「で、健太朗はさ、健太朗は蛍の旧字体は書けるか?」

「……わかんね」

「こう、書くんだとさ」

颯太はおれがかいた『蛍』のとなりに『螢』と書いた。

 

 「……似てるけど違うな。火がのっかってる虫……まあ火もホタルも光るけど」

「あと……こんな漢字もあってさ」

颯太がノートを漢字で埋めていく。

 

 『單・単』『榮・栄』『學・学』

 

 「こんな感じでさ、旧字体が新字体になるときに、簡略化のために使ったのが『ツ』に似た字なんだと」

「へえ……」

「で、簡略化された結果、もとの文字の分類におさめることができなくなった漢字たちのために、新たに『ツ』部ができたということらしい。もちろん元のままの分類の漢字もあるらしいけどな」

「へえ……トリビア。颯太にしては珍しいことを覚えたな」

「おれだって、ゲームのことばかり考えてるわけじゃねえぞ」

颯太がドヤ顔をする。

 

 おれはちょと興味をひかれて、スマホを取りだし『旧字体 新字体 一覧』と入力してみた。

表示されたサイトのひとつを開く。

五十音順に出てきた漢字の、存外な多さにびっくりする。

少ししか違わないものもあれば(全然違う字だろ!!)とツッコミを入れたくなる字もあった。


 ふとスクロールする指が止まる。もしかしてこれか?

「颯太、おまえもしかして櫻子ちゃんの名前を調べたのか?」

「な、なんでわかった?!」

おれは見ていた画面を颯太に示した。

『櫻・桜』と旧字と新字が並んでいる。

颯太の顔が赤くなる。……好きな子の名前の漢字を調べるとはピュアなやつだな。


「……きっかけはさ、そうだったんだよ。」

颯太が口を開く。

「きっかけ?」

「ああ。彼女の名前、学校で習った漢字と違うだろ?それで気になって辞書調べたら、旧字体というのがあると初めて知って。じゃあ旧字体ってなんだ?って興味が湧いてきてさ」

「国語『も』苦手な颯太にしては大進歩だな」

「るせ。それで、他の漢字も見てたら、ホタルの漢字が『螢・蛍』って知ったんだよ。で、漢字ってすげえなって思ったんだよ、おれ」

 

 「??話が読めないんだけど?」

「じゃあ、国語が得意な健太郎様。ホタルの新字体を草書で書いてみてくれるか?」

「草書?どんなんだっけ?」

おれはスマホを操作し、蛍の草書体の手本画像を見つけだし、真似してノートに書いた。

「ほら、これだよ」

颯太が、おれが書いた漢字の一番上の部分を指さす。

 

 「ここ、ホタルが舞っているように見えないか?」

……言われてみればゆっくりと上下に動く線は、ホタルの光が動く様に見えなくも……ない。

「でさ、その部分の元の文字って『火』なんだよな。『火が舞っている』ホタルそのものって気がしてこないか?」

 

……男相手に無駄にロマンチストなやつだ。

「そういうセリフは、おれじゃなく櫻子ちゃんに言えっつーの」

手に持ったノートを丸めて颯太の頭をポンとはたき、おれは教室をあとにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

火の舞 奈那美(=^x^=)猫部 @mike7691

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

風鈴

★10 恋愛 完結済 1話