望みなき再会

 扉を閉めたアオは、まず一度大きく深呼吸をして、早鐘を打つ心臓をなだめようとした。しかし、二回それを行ったところで無意味であることに気がつくと、代わりに興奮したままの状態でソラを振り返る。


「何してるんだよ!」

「お前そういう声も出るんだな」

「下層区の人間が入り込んでいい場所じゃない。それに此処は一番重要と言ってもいい部屋なのに」

「この部屋に俺を入れたのはアオだろ」


 ソラは笑顔で返す。その表情を見て、アオは眉を寄せた。

 恐らく、特別室の解錠を行う時を見計らって、ソラは声をかけたのだろう。突然の展開に驚いたアオが、この部屋に一時的に身を隠すことを想定したうえで。咄嗟のこととは言え、相手の思う通りに動いてしまったことを、アオは今更後悔する。


「ここが政策を適用する部屋か。ってことは、あれがハレルヤへの接続端末だな」


 床に薄く水を張った部屋の、一番奥に光る半透明のパネルを指差し、ソラはアオへ確認する。アオは、しかしそれに答えるより先にやらねばならないことがあった。片割れの方に一歩近づくと、その顔を真正面から睨みつける。


「僕の質問に答えてない」

「何だっけ」

「僕を怒らせたいの?」


 睨みつけたまま数秒の沈黙が流れる。やがてソラは降参するように両手を宙に上げた。


「そんな怖い顔するなよ。ちょっと確認したいことがあってさ。でもそれにはハレルヤに接続する必要があるんだよ」

「だから僕の格好をして忍び込んだってこと? 理解出来ないよ」

「同じ顔した人間が上層区にいるんだから、利用しない手はないだろ。これなら誰かとすれ違っても、気付かれる可能性は低いし」

「そりゃそうかもしれないけどさ……」


 アオは目の前に立つ自分と同じ姿に、少しばかり不快感を覚えた。不完全な鏡像を見るようでもあったし、それ以前にその白い服がソラに似合っているとも思えなかった。


「無茶苦茶だよ。誰かに見つかったらどうするつもり?」

「まぁそこの階段駆け下りて下層区に戻ればいいかなって」

「楽観的にも程がある……」


 計画的なのか非計画的なのかわからないことを言う相手に、アオは頭を抱えた。ソラはその様子を面白そうに見ていたが、思い出したように両手を合わせる。


「政策の適用に来たんだろ? 今からあの装置でハレルヤにアクセスするってことだよな」

「そうだけど、それが何」


 アオは警戒しながら答える。ソラが一体何をしに此処まで来たのか、まだはっきりとはわかっていなかった。だが「ハレルヤに接続する」という言葉と今の言動から考えて、装置を使ってハレルヤのデータかなにかを見るつもりだと判断出来る。

 嫌な予感を心の中に押しとどめるように、胸元に手を置きながら、アオはなるべく感情を殺した声で言った。


「言っておくけど、認証キーを持っていない人間には操作出来ないからね」

「その程度のセキュリティは想定してるよ。俺は接続できない。でもお前は出来るだろ?」


 嫌な予感は的中した。再び心臓が大きく鼓動を打つのを感じながら、アオは溜息を吐いた。


「……そんなの手伝うわけないだろ」

「別に何か違法なことをしろって言ってるんじゃない。アオは端末にアクセスしただけ。俺はそれを横から奪い取って、ハレルヤの中のデータを覗き見るだけ。それならいいだろ」

「何一つ良くない!」


 声を荒げたアオだったが、ソラは不思議そうな顔をするだけだった。


「何で」

「何でって……ハレルヤの中にあるデータを下層区の人間が見るなんて……」

「見るだけだよ。悪用はしない」

「でも、そんなの許されないよ。だって、下層区の……」


 最初は明確に拒否をしようとしたアオだったが、話しているうちに次第に言葉に詰まっていく。まるで上層区の代表のように話している自分に気が付いて、その傲慢さに吐き気がした。

 下層区の人間のことを考えて、政策をしようと決めた。そのために何度も頑張ってきた。それは純粋な好意だったはずなのに、いつの間にか「自分が上層区だから」という意識のほうが強くなっていた。


「下層区の、なんだよ」


 口を閉ざしたアオに、ソラが続きを促す。本来言うべきであった言葉を飲み込んで、アオは自分の中にあった想いを吐露した。


「二人で同じ場所に行けてたら、こんな喧嘩しないで済んだのかな」

「はぁ?」


 ソラはいきなりアオから言われた言葉に、目を見開いて素っ頓狂な声を出した。それは単に、文章の繋がりも前振りもない内容に驚いただけだったが、アオは違う意味に解釈して口早に続ける。


「だってそうでしょ。昔は一緒だったのに、今は別々で、だから価値観とかそういった物もバラバラになってさ。この前だって、また一緒にいれて嬉しかったけど、やっぱり考え方とかそういうものが違って、違っちゃってて。それで勝手に苛々してソラに当たり散らしたんだよ」


 あの時の気まずい別れを思い出しながら、アオはそう言った。しかし、ソラはそれを聞いても、きょとんとしたままだった。


「何、わからないの? そうだよね。わからないよね。僕だってよくわからない。上層区でも下層区でもいい。二人でずっと一緒にいれたなら、こんな想いすることもなかったかもしれない。僕の価値観はソラには伝わらないし、ソラの言葉は僕にはわからない」


 最後あたりは最早支離滅裂になっていた。まるで怒りを吐き出すような口調で、それでもアオは最後まで言い切った。

 ソラは、アオのその言葉を一つづつ解釈するかのように、視線を左右に動かしながら難しい表情をする。しかし、やがて短いうめき声を発すると、揺れていた視線をアオへと戻した。


「何言ってんだよ」

「だから僕にもわからないんだって」

「いや、そうじゃなくて」


 ソラは心底不思議そうに続けた。


「価値観や考え方が違うのは、上層区と下層区に分かれたからじゃなくて、ずっと前からだろ?」

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