相容れない二つ
今度はアオが怪訝な顔をする番だった。
「え?」
「いや、だから」
ソラは本気でアオが言っていることが理解出来ないのか、眉間に浅く皺を寄せたまま続けた。
「元々、俺とお前は考え方バラバラだっただろ? 滅多に意見なんか合わなかったしさ」
「そう、だっけ?」
「そうだよ」
呆れたようにソラは溜息を吐いた。部屋の中にそれが反響する。その態度が、口にした内容が嘘でないことを語っていた。
「何かに固執するのはお前の方が断然強かったし、上手く行かないと癇癪起こすのはそっちだったし、その度に俺は機嫌とってたんだろうが」
「それだと僕がすごい我儘な人間みたいなんだけど」
どうにかそう返したアオだったが、脳裏には幼い日の思い出が断片的に再生されていた。顔も覚えていない誰かと喧嘩してはソラに宥められて、泣いているのか怒っているのか自分でもわからない感情を持て余していた。ソラはいつでも側にいたが、大抵は呆れ顔だったことを思い出す。
確かに、自分たちは顔は同じでも中身は違っていた。アオは今更それを自覚する。片割れが一緒にいてくれたことを、随分と都合良く解釈して記憶を塗り替えていたようだった。
「それ以外何だよ。アオは小さい頃から我儘で、協調性がないから周りとも上手く行かなくて、だから俺がずっと一緒にいたんだろ。選別日の日だって……」
ソラはそこで言葉を区切ると、「あぁ」と短い言葉を挟んで、胸の前で空気をかき回すような仕草をした。
「そうだよ、選別日だ。選別日のことを調べにきたんだった。アオが我儘なことなんて今に始まったことじゃないよな」
「調べたいことって選別日のこと?」
「というか、選別の方法だな。興味あるだろ、何を持って上層区と下層区に分かれるのか」
ソラはアオに一歩詰め寄って、無垢な笑みを見せる。アオは若干それに気圧されて、一歩後ろに下がった。埋まらない距離を気にも止めず、ソラの話は続く。
「この前、アオのお陰でデータアクセスが出来た端末なんだけどな、大昔の開発用マシンだった。中は殆どゴミみたいなもんだったけど、気になるプログラムが一つ残ってた。何だと思う?」
「今の話の流れからして、選別用のプログラムとか?」
「その通り。あの端末はアオの言葉を借りれば「ハレルヤ」と同じ構造で、そしてその中に選別用プログラムのソースコードが残っていた。ということは、ハレルヤのプログラムを開発していたマシンの一つってことになる」
「確かに記録によれば、ハレルヤの開発には百台ものマシンが関わっていたらしいから、そのうちいくつかが破棄されていてもおかしくはないけど……」
アオは相手の話に違和感を覚えて首を傾げた。
「なんでそれでわざわざ、確認しに来たの? それがハレルヤで使われたプログラムなら、それだけ調べればいいのに」
「本当かどうか確かめるには、ハレルヤを見るしかないだろ。それに」
「それに?」
ソラの屈託のない表情が一瞬曇ったことをアオは見逃さなかった。
「それに、何?」
「同じプログラムだったら、あの端末の価値が上がる」
「……それ本気で言ってる?」
「本気だよ」
「半分ぐらいしか言ってない」
断定的に放った言葉に、ソラが珍しく動揺した。もしこれが疑問系であったなら上手くはぐらかされていただろうと推測出来た。
「僕が我儘だって言うなら、ソラは自分中心じゃないか。小さい時だって表面的な付き合いは得意だったけど、特別に仲良い子もいなくてさ、一線引いてるような接し方だったよ」
その指摘はソラの核を突いたようだった。苦い表情を浮かばせたソラは、何か反論しようと口を開く。しかしアオはそれを許さずに言葉を重ねた。小さい頃もこんなことの繰り返しだったような気がしたが、流石にそこまで細かくは思い出せなかった。
「僕は確かに人付き合いは苦手だったかもしれないけど、ソラみたいに仲良くしてくれる人を利用したりしなかったよ」
「利用なんてしてない」
「じゃあその服は誰に作ってもらったの」
ソラは今度こそ黙り込んだと思うと、表情を変えぬまま舌打ちをした。そして数秒の間を挟んでから、今の態度に相応しい、少し不貞腐れた声を出す。
「別に利用しようと思って付き合ってるわけじゃねぇよ」
「でも結果的にそうなってるんだよ。ソラは結局自分のことだけ優先してるんだから」
「悪いかよ」
「悪くはないよ。でもそれがいつでも通用するわけじゃない。今みたいに」
互いに互いの欠点を論うような真似は、アオとて望まないものだった。しかし、ここでソラの本心を知らないままでいることが、何か大きな間違いに繋がる気がした。
「……話してよ。何が気になってるのか」
そう促すと、ソラは諦めたように目を伏せて息を吐いた。
「俺は、ハレルヤに同じソースコードが使われているか確認したい。でももし使われていたらと思うと怖い」
「怖いって、どうして」
ソラは言い淀んで、口を歪ませる。アオはそれを辛抱強く待った。
やがて、小さな吐息を挟んだ後に、ソラにしてはあまりに重苦しい口調で、その理由が告げられた。
「世界の常識が根本からひっくり返るからだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます