忍び込む方法

「名誉のため……なるほどな」


 ソラはミドリの仮説に対して肯定と理解を返した。ミドリは片眉を少し持ち上げる仕草をする。


「おや、驚かないね」

「上層区の政策が、下層区のためのものだという「建前」はどこにでも転がってる。でもスオウが言ったとおり、そのやり方には一貫性がない。それに俺は、上層区の政策がいくつかの案の中からハレルヤによって選ばれて適用されることを知っている」


 アオが説明してくれたことが脳裏を過ぎる。スオウとミドリの仮説は、形は違えどもその前提に基づいていた。上層区にとっての政策は、下層区をより良くするものではない。上層区の中から、更に優れた案や人間を選出するものである。


「その名誉のために、俺達の済む世界は好き勝手にいじくり回されてるわけだ。考えたら余計に腹立ってきたな。政策を考えているやつは一人じゃない。複数の中から一人だけ選ばれる。要するに、予めある最低最悪なゲーム盤を見て、「俺の方が上手く出来る」ってプレイヤーを次々に交代しているようなもんだ」

「得てして、そういうやつほど前と同じ出来栄えなものさ」


 ミドリはどこかで同じ目にあったことがあるのか、少し遠い目をして答えた。しかし、一度目を閉じると、首と視線をソラに向けた。


「この前、あの端末の中に何を見た? 君がこんなことを言い出したのは、あれが原因なんだろう? 結局見せてはくれなかったね」

「……俺が見たものが「本物」かどうか確認したい。でもそれまでは教えられない」

「秘密主義はよくないよ」

「違う。今、俺がそれを説明しようとすると、推論と私論、ついでに言えば感情が混じりすぎる。正確に伝えられるか自信がない」


 互いの視線が交錯し、一瞬だけ緊迫した空気が流れた。ミドリはそれらを吸い込むように顎を少し持ち上げる。


「正確に伝えないと困るほどの事。そういうわけだね」


 ソラは浅く頷いた。それを待っていたように、ラスティが声を出す。


「ねぇ、大体その……言いたいことというか、なんか上層区に対する疑問みたいなのが三人にあることはわかったよ。でも何をしようとしているのか、さっぱりわかんない。なんでただの仕立て屋を呼び出したわけ? 自慢じゃないけど、頭の出来は一番悪いからね」

「お前は頭がいいよ、ラスティ。本当の馬鹿は自分が理解出来ないことを理解してないし、本当に馬鹿なら仕立てなんか出来るもんか」


 その率直な評価に、ラスティは怪訝な顔をする。そんなことを言われるとは露にも思っていなかったようだった。ソラはその反応を面白く思いながら、声に真剣なものを滲ませる。


「俺が管理区の二階に入り込むには、お前の力が必要なんだ。お前しか出来ないことがある」

「どういうこと?」

「この前、俺が連れてきた、俺にそっくりな奴のこと覚えてるな?」

「う、うん。それは覚えてるよ」

「お前、あいつの服預かっただろ。白い服」


 その途端に、ラスティの顔に焦りが浮かんだ。そのまま、先程と同じように後ろに退こうとするが、足元の瓦礫にぶつかって失敗に終わる。


「い、いや。あの、ちょっと悪いかな、とは思ったんだよ」


 ソラが何も言っていないにも関わらず、ラスティは何かの言い訳を始めた。両手をバラバラに動かして、早口に続ける。


「許可を取るべきだとはね、思ったんだよ。でもほら、あの、あの日暇だったし、見たこと無いデザインだったし、でもあの生地は前にいくつか手に入れたことがあったから……」

「やっぱり」


 ソラは少々呆れた顔をして呟いた。


「お前、アオの服の型を勝手に取ったな。前に同じことして、アンバーに怒られただろうが」

「ごめん……。気になる服のデザインがあると、つい。でもね、ほらあの、あれを売ろうとか思ったわけじゃなくて」

「言い訳しなくていい。寧ろ、そうしていてくれて助かった」


 責めるどころか感謝の気持ちを込めた声に、ラスティはきょとんとする。だがすぐに言葉の意味に気がつくと、口を半開きにした。


「あの服を着るってこと?」

「そうだ。面倒だから話しちまうけどな、あいつは俺と同じ受精体から生まれた一卵性双生児で、上層区の人間だ。あいつの言葉をそのまま信じるなら、ここ数年の政策は殆どがアオの手によるもので、ハレルヤに対していくつかの権限を所持している」

「権限?」

「データベースを覗いたり弄ったりする権利のことだよ」


 ラスティは噛み砕かれた言葉を、更に自分で消化しようとするかのように、口を上下に動かした。


「ソラと一卵性なのに、上層区なの?」

「そうだよ。だからあいつの服を着れば、上層区の人間のフリが出来る。あの階段の近くにいる、お節介な奴らに呼び止められることもない」

「それに」


 スオウがいたずらっぽい口調で言った。


「誰かが遠目に見たとしても、ソラではなく、あの子に見える」

「その通り。まぁちょっと話せばすぐにバレるだろうけどな。堂々と歩いている分には誰も不審には思わないだろうよ」

「面白いね。シンプルな作戦が一番効果的だというのは、いくつかのプロジェクトで証明されている」


 ミドリが賛意を示して、軽い拍手をした。


「だが、二階に忍び込んだ後はどうする」

「スオウは何度か二階に入っている。どこがハレルヤにアクセス出来る場所か知ってるだろ?」

「厳重な監視の中で、だけど。場所を記憶するのを誰にも止めることは出来ないしね」


 スオウは持っていた荷物の中から、両手に乗るほどの小さな端末を取り出してソラに手渡した。


「いつもと同じ。この中には上層区の規約に基づいたセキュリティツールが入っている。どう使うかは任せるけど、ソラがしたいことを実現出来る保証はないよ」

「それでいい。俺の作戦が上手く行けば、ハレルヤには簡単にアクセス出来る」

「他にもまだ手が?」


 その問いに、ソラは今度だけは大きく頷いた。三人に肯定を伝えるためではなく、自分自身の考えに自信をもつためのものだった。


「二階に忍び込むのと同じだ。堂々とした手段ならそれと気付かれることはない。ハレルヤのデータベースにアクセス出来る人間の手を借りればいいだけだ」

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