選別された者たち
「どういう意味?」
ラスティはきょとんとした表情で問い返す。それはソラが思っていた通りの反応だった。誰だって、今の問いを聞けばこうなる。明確に答えを出せる者などいない。
管理区で十年を過ごした後に、平等に訪れる「選別日」。ハレルヤにより選別された者は、上層区か下層区へ放り出される。誰もそこに理由を探そうとはしない。
「だからさ、ハレルヤがどうやって人間を選別してると思う?」
ソラは少しだけ愉快な気持ちで尋ねる。今までその問いは、ソラの内側だけにあった。一卵性双生児としてアオと共に生まれて、上層区と下層区に分かれてしまった過去。それに対する疑問を、今まで何度も繰り返してきたが、こうして明確な意図を持って人に尋ねるのは初めてだったかもしれない。
「そりゃあ……生まれつきの頭の良さとかさ、上層区に既にいる人たちの平均値と比べたりするんじゃないの?」
ラスティは少し口ごもりながらも答えた。それに対して、ソラは少々わざとらしく笑いながら首を左右に振る。
「思い出せよ。管理区にいた時のこと。何か特別な試験とか受けた記憶あるか?」
「簡単な認識テストはあったよ」
「あぁ、赤いボールを選んで黄色いカゴに入れるやつな。でもその程度だろ。まさかそれで上層区と下層区に振り分けられるほどの個人の能力値が出るわけじゃない」
「まぁ、それはそうだね。でも僕達がわからないようにテストが行われてたかもしれないよ。例えば、遊戯室とかに色々センサーとか仕込んでさ」
流暢に話すラスティは、どうやらソラの問いをただの雑談だと思っているようだった。架空の壁か天井に手を伸ばし、センサーらしきものを埋め込むジェスチャーをしてみせる。
「そういう細かいデータを集めて、選別日までに僕達がどちらに行くか決めるんだよ、きっと」
「だとしたらさ、それを確かめたいって思わないか?」
その言葉に、相槌代わりに笑おうとしたラスティだったが、ソラが既に口元に薄い笑みを浮かべているのに気がつくと怪訝な表情になった。自分に投げかけられていた問いが、どうやら雑談などではなかったと悟ったようだった。
「確かめたいって、どういうこと? まさかハレルヤに質問するなんて言わないよね?」
「下層区にハレルヤへの接続権や交渉権はないだろ。でも俺達はハレルヤがどこにいるか知ってる。強制的に答えをいただくことだって可能だと思わないか?」
小さく、息を飲む音が聞こえた。ソラは笑みを崩さずに続ける。
「なぁ、知りたいだろ。どうして俺達は下層区に来たのか。何が良くて、何がいけないのか。このクソみたいな政策を繰り返す上層区の連中と俺達と、一体なにが違うのか」
鉄骨の上に掌をつけて、ラスティの方に体を乗り出す。丁度それと同じ分だけ、ラスティが退いたため、距離は埋まらなかった。
「この後の俺達の人生に何があるって言うんだよ。二十歳になるころには管理区に行って、遺伝子情報をミスターかミスに抽出されて、それで子孫を残す作業は終わりだ。下層区の人間に出来ることなんてそれしかない。あとは政策に振り回されながら、寿命が来るのを待つだけだ」
「ソラ」
「納得したいだろ? 自分がどうして下層区に来ることになったのか、その理由を教えてもらえば、多少の諦めもつく」
「ソラ!」
ラスティが大きな声を上げて制した。強い風が二人の間を通り過ぎる。ソラは少し鼻白んで問い返した。
「なんだよ」
「自分が下層区に来た理由なんて、知らなくてもいいでしょ。何かが劣っているから、此処に僕達はいる。その劣っているところを知っても、良いことなんてないじゃない」
「いいや、あるね。何が劣っているか知れば、何が優れているかも知ることが出来るだろ。自分自身のことなのに、ハレルヤだけ知っているのはおかしい。情報は共有されるべきだ」
「だって、ソラが言っているのは……、ソラが言っているのは、ハレルヤにハッキングを仕掛けて情報を抜き出そうってことでしょ」
少し言葉を区切りながらラスティは早口に続ける。ソラの同意も否定も聞くまいとするかのように。
「そんなの無茶だよ。ソラは頭はいいかもしれないけど、だからってハレルヤにハッキングなんて出来るわけない。僕達は下層区なんだから」
「下層区だから、か」
ソラは小馬鹿にしたように鼻で笑った。前傾姿勢になっていたのを、元の場所へと戻る。
「安心しろよ。流石に俺だってハッキングは仕掛けない。そのためにお前を呼んだんだから」
「僕はソラと違って、メカニックなことはさっぱりだよ」
ソラは思わず吹き出した。
「メカニックは違うだろ。半袖と長ズボンぐらい違う」
「だから、それぐらい疎いってこと」
馬鹿にされたと思ったのか、ラスティは口を尖らせる。ソラがそれをなだめようとした時に、再び階段を誰かが上がってくる音がした。ラスティは怯えたように視線を泳がせた。
「誰か来るよ。今の話聞かれたかな」
「大丈夫だって」
今にも震えだしそうな相手を、ソラは端的な言葉で宥めた。それはあまり効果がなかったものの、数秒後に足音の主が登場したことにより、ラスティは安堵したように息を吐いた。
「なんだ、ミドリとスオウか」
「他に誰が来ると思ったのかな」
ミドリが短い髪を手で押さえながら、いつものように冷静な口調で返す。その隣で、スオウは少し疲れた表情を隠しもせず、ソラたちに向かって手を振った。
「おまたせ。少しチューニングに手間取っちゃって。もうラスには話したの?」
「いや、まだこれからだ」
既に事情を知っている二人には、あまり説明は要らなかった。ソラは鉄骨の上に立ち上がると、建物の内側に向かって数歩進む。ラスティがそれを見て、慌てたように同じ行動を取った。吹きさらしの廃墟に、四対の足が向かい合う。
「じゃあ、人数も揃ったことだし始めるか」
「ねぇソラ、僕まだ何も聞いてないけど」
「だから今から話してやるよ。題して……」
ソラはふと、今から始めることに何の名称も用意していなかったことに気が付いた。かといって、この瞬間に洒落た言い回しが出るわけでもない。仕方なく、目的のみを並べた、要するに微塵のセンスもない単語を口にした。
「管理区侵入作戦、だ」
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