サルベージ
「ソラ。丁度良かった、手伝ってくれない?」
「何?」
顔見知りらしい反応を見せるソラの横で、アオはどうしたら良いかわからずに黙って成り行きを見守る。
しかしソラはお構いなしに階段を昇り、相手の傍まで行ってしまったため、仕方なくそれに付いていくしかなかった。
「ミドリが古いサーバ見つけたらしいんだけど、上手く情報引っ張れないみたい。サルベージ得意でしょ? 手伝ってよ」
「端末持ってねぇよ」
「貸すから。……あれ、お友達?」
女はアオに気が付いて目を瞬かせた。傷んだ赤茶色の髪に、黒に近い茶色い瞳。少し赤くなった肌は、太陽の下にいたためと思われた。二重のはっきりとした目は、アオの鼻頭あたりを見ていたが、やがてそれを止めると、少々厚みのある唇を開いた。
「初めまして、だよね?」
「あ……、うん」
「私はスオウ。貴方は?」
「アオ、です」
あまり自己紹介というものに慣れていないアオは、それだけ口にした。しかしスオウは気にした様子もなく、ソラの方に視線を戻す。
「で、手伝ってくれるでしょ?」
「えー、でもこいつと遊んでる最中なんだけど」
「これ終わったらミドリと花火遊びする予定なんだよね。混ぜてあげるから」
その言葉に、ソラが明らかに興味を惹かれた表情に変わる。
「花火手に入ったのか?」
「本当は海で使いたかったんだけどね。でも此処でもいいじゃない?」
「いいな。すっごくいい」
力強く肯定したソラは、アオの方に笑顔で振り向いた。先ほど、アオのことを褒めたときよりも数段楽しそうに見える。
「というわけで、ちょっと予定変更」
「何の話か全然わからないけど……」
「花火は滅多に手に入んねぇから、貴重なんだよ」
「いや、それもそうなんだけど……」
サルベージって何、と聞こうとしたアオだったが、ソラが手を引っ張ったことで言葉を飲み込んでしまった。そのまま半分引きずられるように残りの階段を昇り、屋上に続く扉が開かれる。潮風で錆びついた扉が不愉快な音を立てるのとは裏腹に、そこには美しい光景が広がっていた。
周囲を高い柵で囲まれた屋上は、眩いばかりの光に満ちていた。それは色とりどりのガラスによって作られたオブジェが太陽の光を四方へ散らしているためだった。木だとか花だとかそういったものは何もなく、幾何学的な形状のガラスが置かれているだけ。人工的であることを第一義としているかのような場所で、宙に吊り上げられた球体のガラスが少しひび割れているのだけが現実的だった。
「凄い」
「このビルが建つ前はガラス工場があったんだってさ。工場自体は移動になったんだけど、在庫を持っていくのが面倒だからって、公園の材料にしたんだって」
驚いているアオに、ソラは笑いながら説明する。
「暑い時は太陽の熱が籠って一分と居られねぇけど、今日はまだマシだから」
「こういう場所、他にもあるの?」
「探せば結構ある。まぁ気付いたら別の建物になってたり、更地になってたりするけどな」
ソラはそこで一度会話を止めると、公園の隅にあるガラスで出来た四阿へ視線を向けた。
日差し除けに布を垂らしたその奥に、黒い髪をショートに整えた女が座っていた。顎から首にかけてのラインが細く、遠目から見ると少年にも見える。服も装飾品も全て黒で、自分にその色が似あうことをよく知っている様子だった。
「ミードリ」
「あぁ、ソラか。ご無沙汰」
女は顔を上げると、前髪を指で横に流しながら挨拶を返した。黒髪、黒装束の中、目だけは鮮やかな翡翠色で、まるでガラス細工のようだった。
ソラを見た後にアオのことも一瞥したが、誰何することもなく視線を外す。
「ちょっと手伝ってほしいんだ。スオウは良くも悪くも模範解答みたいなデータ抽出しかしないからね」
低い落ち着いた声で言いながら、ミドリは四阿のテーブルに置かれた黒い直方体を数回叩いた。
「何しろ骨董品だから、データの格納方法とかも今とは全然違ってる。表面的なデータのインデックスはスオウのおかげで抜き出せたんだけど、第二階層ともなるとお手上げでね」
「骨董品って、いつのだよ」
「それはわからない。何しろ「世界の遺物」だしね」
ソラはその言葉に口笛を吹いた。
「遺物か。そりゃ少なくとも百年単位だな。何処で手に入れた?」
「何処でって、倉庫に決まってるよ。賢いソラ君はお忘れかもしれませんが、アタシはエクストのエンジニアだからね」
島では必要最低限の資源しか存在しない。そのため、政策によっては島の外から資材を調達することがある。それらの作業を行うのは、エクストと呼ばれるロボットだった。飛行するためのプロペラと物体を認識するためのセンサー、そして運搬するためのアーム。島の内外にエクストはいくつも飛び回っていて、それぞれにインプットされたものを探しては「倉庫」と呼ばれる場所に資材を運び込む。倉庫では運ばれた物が本当に資材として使えるか確認する作業が行われるが、その選定で弾かれたものは下層区では「世界の遺物」と呼ばれていた。
「まぁサーバってバラバラにすれば別の資材に使えるんだけど、ちょっと面白そうだし拾ってきちゃったってわけ」
「よく動いたな」
「勿論配線は変えたよ。昔の規格じゃどの電源にも合わないからね」
その言葉の通り、直方体の側面のカバーは一か所取り外されて、複雑な配線により電源へ繋ぎ直されていた。
ソラはそれを見て「へぇ」だの「ふーん」だの言いながら、ミドリの向かいに腰を下ろす。スオウから受け取ったノート型端末をむき出しの配線の一つに接続し、モニタにいくつかのツールを立ち上げた。アオはやることもないため、隣からそれを覗き込む。
「これ、何してるの?」
「簡単に言えばデータの抜き出し。仕事ですることもあるんだけど、偶にこういう古いデータ相手に「練習」するんだ。技術力が高いと、割のいい仕事回ってくるからな」
キーボードを叩き始めたソラは、視線をモニタに注いだまま受け答えを続ける。
「技術を高めるってこと?」
「そうそう、それそれ。……あー、確かにこれ癖あるな」
ソラは舌打ちをして、少し姿勢を前傾にした。
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