探し当てる

「目を悪くするよ」

「ほら、また言われた」


 アオの忠告に被せるようにして言ったのは、向かいに座ったスオウだった。端末を貸してしまって手持無沙汰らしく、傷んだ髪の先を指に絡めては解くことを繰り返している。


「姿勢が悪いんだよ、姿勢が。ミドリを見習いなよ」


 スオウの言った通り、ミドリは背筋を綺麗に伸ばしたまま自分の端末を操作していた。しかしその表情はソラと同じく苦いものが混じっている。どうやら二人とも苦戦している様子だった。

 ミドリは唇を真一文字に結んで、視線をモニタに注いだまま手だけを動かし続けていたが、ふと突然動きを止めた。瞼にかかった前髪を指で払いながら、アオの方に視線を向けた。集中していたためか少し充血した瞳にアオが映っている。アオはまるで射止められたかのように身を竦めた。


「ところで、彼は何者?」

「今更? ソラの友達でしょ」

「友達か」


 ミドリは不躾にアオの顔や恰好を舐めまわすように見た後、口角を持ち上げた。


「君はサルベージは出来る?」

「やったことないよ。データベースとかコマンドラインでの操作は出来るけど」

「こういうのは知識がない方が存外、良い閃きが出る。ちょっとやってみなよ」


 そう言って自分の端末をアオに差し出しながら、眉間を指で揉む仕草をする。どうやら本気でアオに期待しているわけではなく、単純に目が疲れたから休みたいというのが本音と思われた。

 素直に端末を受け取ったアオは、助けを求めるようにソラを見た。


「どうすればいいの?」

「とりあえず、ルートディレクトリにアクセス権限を持つファイルを探せ。それを見つければ殆ど全てのデータにアクセス出来る」

「わかった」


 指示が出たことにアオは安心する。言われたことを忠実に行うのは得意だった。上層区ではそれこそが最大の美徳とされる。

 キーボードに指を置き、素早くコマンドを打ち込むと画面上にサーバ内部の情報が出力された。ソラはそれを確認すると肩を竦める仕草をする。


「な? ちょっと癖あるだろ」

「……ファイル、探せばいいの?」


 画面に目を釘付けにしながら、何処か呆けた口調でアオは問いかけた。


「そう言っただろ。でも直下にはなかったぜ」

「大丈夫。多分、すぐ探せる」


 きょとんとするソラに一瞥もくれず、アオはキーボードを叩き始めた。

 画面にはコマンド操作を行うための黒いコンソールが起動し、ファイルの一覧とその内容が文字となって表示される。小さなコンソールを流れていく大量の文字をアオは微動だにせず見つめていたが、その中に独特の名称を持つものを見つけると「これだ」と呟いた。

 キーボードを叩く軽快な音に続き、コンソール上の表示が切り替わる。いくつかのファイルを確認した後に、アオはそのうちの一つを表示させるためのコマンドを入力した。コンソールの色が黒から白に変わり、ファイルの持つ属性や設定が表示される。


「これだと思う」


 その言葉にソラは少しの間唖然としていたが、アオがもう一度同じ言葉を繰り返すと慌てて画面をのぞき込んだ。


「あ、本当だ。ちゃんとアクセス権限ある」

「え、嘘。見せて!」


 ミドリが立ち上がって、テーブルを回りこむ。そしてアオの横に少し空いていたスペースに強引に割り込んだ。

 ソラと同じように注意深く画面を見つめ、そして先ほどの少し皮肉めいた笑みとは違う、純粋な称賛を頬に浮かべる。


「……完璧だよ。すごいじゃないか。本当は経験があるんだろう」

「初めてだよ。でも……」

「しかもシステムファイルだ。見慣れない構成だが、恐らくコンバータを通せば解析できるだろう。これでかなりサルベージが早くなる」


 興奮したように言葉を重ね、ミドリはあっという間にアオから端末を取り返してしまった。

 そこにスオウも加わり、見つけたファイルの中身について専門用語も交えて話し始める。アオはそれに気圧されてしまい、長椅子の上で一歩分退いた。アオからすれば全く大したことのない作業であり、それに此処まで感嘆する彼女たちの姿は奇妙にも見える。


「流石、上層区のエリート様は違うな」


 ソラが面白がるように言う。三人目の称賛者に、アオは困り果てて眉を寄せた。


「別にそんな難しいことじゃないよ」

「でもあんな場所にシステムファイルあるなんてわかんねぇよ」

「……同じなんだ」

「何が?」


 アオは少し声を潜めて、相手にだけ聞こえるように続けた。

 何故そうしようと思ったのかはわからない。だが、ソラ以外には伝えてはいけない気がした。


「ハレルヤと同じ構造をしているんだ。だから、わかったんだよ」


 同じ顔をした片割れの大きく見開いた目の中に、アオは自分が戸惑っている姿を見た。

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