人の寿命

 ガンマ地区の廃ビルで、いくつかの影が動いていた。

 サーバや端末が瓦礫と共に積み上がり、その上に色とりどりのケーブルが張り巡らされている。それはネットワークケーブルだったが、このビルに元々あったわけではなく、全員がそれぞれ持ち込んだ物だった。

 その中で緑色と赤色のスパイラルケーブルを使っていたソラは、大きなサーバの横に佇む女に向かって声を張る。


「回収したデータ送ったよ」

「……ご苦労」


 女は持っていた小さなタブレット端末を起動すると、画面の上で何かを確認する。自分が送ったデータの精査をしているのだろうと考えながら、ソラはケーブルを端末から引き抜いた。

 今回の雇い主である女は、年のころは三十半ばで、派手な赤いワンピースを身にまとっていた。何度か仕事を受けたことがあるが、常に何か赤い物を身に着けている。それが好きなのかどうかは不明だが、少なくとも堂々とした雰囲気にはよく合っていた。


「質がいいな。どうだ、もう少し回収していっては? 報酬は弾むぞ」

「今日は海で遊ぶから無理」

「相変わらずさっぱりとした性格だな。まぁそれがいい。仕事なんてのんびりするに限る」

「零式の社長さんでもそう思うんだ?」


 冗談めかしてソラが言うと、女は特に慌てるでもなければ怒るでもなく、小さく微笑んで人差し指を立てた。


「坊や。雇い主の素性はあまり詮索しないことだ」

「どうして?」

「明日には肩書が変わっているかもしれないからな」

「なるほどね。じゃあ今度からやめておくよ。次があるなら、だけど」

「安心したまえ。君のように若くて腕の良い技術者を私情で切り捨てるほど私は愚かではない」


 女は端末のモニタに数字を打ち込んで、ソラへと見せた。今回の報酬額は、いつもより少し高かった。


「有益なものがあったから、色を付けておいたよ。これでどうかな?」

「十分。久しぶりにステーキでも食おっかな」


 上層区の政策で作られては、あっさりと壊されていった企業は山ほどある。昨日出来た新しい技術は、今日にはもう廃止されて、使われなくなったデータはネットワークの海をただ彷徨う。

 それらを集めて、別の技術に応用しようとする団体はいくつか存在する。ソラは彼らに雇われて、古いサーバやネットワークから情報を集めては、一メガいくらのドンブリ勘定で報酬を得ていた。

 拾い集めたデータがどのように使われるかは知らない。知らないほうが幸せなこともあると、ソラは下層区に来て三日目には悟っていた。


「そういえば、あんたの相方はどうしたの?」


 いつも女と一緒にいた、背の高い男のことを思い出してソラは尋ねる。女は少し考え込んだ後、何でもないことのように言った。


「彼は「寿命」が来た」

「あ、そう」


 やはり深く知って良いことなどない。ソラは改めて思い知りながら踵を返した。

 まだ瓦礫の中で作業している同業者たちの邪魔をしないように、足元に注意しながら外へ向かう。地面を這うケーブルを一本でも蹴り飛ばせば、今得た報酬を全て失うまで殴られる羽目になる。下層区で生き延びるには、腕っぷしが強いか要領がいいか、どちらかの才能がないとならない。

 どちらも出来ない者には、誰よりも早く「寿命」が来る。


 この世界では特例を除けば、六十歳までに寿命が来る。ハレルヤが算定した、個人の価値と能力によってそれは左右され、何の前触れもなく通知される。

 寿命を迎えた個人は管理区に連行される。連行するのは「特例」を認められた下層区の人間であり、彼らは自分たちの寿命を一日でも伸ばすために、寿命に怯える人々を、ロボットのように淡々と捕えていく。


「……アオと俺の寿命は一緒なのかなぁ」


 同じ細胞から生まれて、同じように育ち、引き離された唯一の家族。死ぬ時は同じになるのか、それとも上層区に行ったアオは特別なのか。

 考え込むと憂鬱になりそうだったので、ソラは無理矢理その思考を脳の奥へと押し込んだ。

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