『修正者』
「本日のカリキュラムです。ガンマ地区の衛生係数を三パーセント上昇させなさい」
イグノールのモニタに、ガンマ地区の地図と各種ステータスが表示される。アオはそれを一瞥すると、相変わらず秩序に欠けた数値に溜息をついた。
どういうわけか、この地区に住む人間は海の周りを行動範囲に含めることが多い。特筆すべき施設があるわけでもなければ、経済面で貢献しているわけでもない。寧ろその近辺だけ、妙に廃棄物が多いようだった。
バスの停留所が近くにあるのを発見したアオは、その座標を変更して海から遠ざける。そして雑貨屋を一つ消滅させて、代わりに清掃ステーションを設置した。廃棄物が多い理由は、海に人間が近づいてしまうからに違いない。下層区の人間たちはそこをゴミ廃棄場にでもしているのだとアオは理解した。
他にもいくつかの調整を行い、「実行」のコマンドを打ち込むと、画面に表示された係数が変化していく。海に接近する人間の数は減り、衛生係数も期待値まで上がった。
その数値を元にして更に道路や流通などを調整し、理想形へと近づける。いつものように一時間すると、天井のスピーカーから静止の声が掛かった。
「そこまで。結果を集計します」
全員が入力端子を置き、背筋を伸ばして椅子に座りなおす。
データがハレルヤに転送されて、有効な政策が選択される。それに選ばれることは彼らにとって一番の名誉だった。
「……アオの政策が最も適していると判断されました」
どこかで「またか」と悔しそうに言う声がした。
だがアオはそれに対して優越感や喜びを感じるでもなく、画面の上に表示された案内に従って操作を行う。優れた政策はハレルヤに選ばれる。それが上層区にいる人間にとって唯一絶対の価値だった。
「アオ」
傍らに黒いスーツの男が立つ。
「管理区まで同行してもらう」
「何か問題が?」
「君の政策適用回数は一定数を超えた。規則により、君のIDに対して権限を一つ付与する」
アオはそれを聞いて思わず背筋を伸ばした。
先ほどよりも大きなどよめきが部屋を満たすが、黒服の男が手を叩くと、即座に静まり返った。
「それは……えっと……、『修正者』の権限ということでしょうか」
「そうだ。君はこの権限を付与されることにより、ハレルヤの所持するデータベースを修正することが出来る」
思っていた通りの回答に、アオは鳥肌が立つのを感じた。
「僕が、『修正者』に……」
「大変すばらしい成績だ。ハレルヤも君の能力を高く評価している。『権利者』を十二歳で取得、『閲覧者Ⅱ種』『閲覧者Ⅰ種』を十五歳で立て続けに取得し、今回晴れて『修正者』となる。『管理者』を取得出来れば、君は管理区の職員になる権利を得るだろう」
上層区では子供たちは二十歳までシミュレーションを繰り返し行い、決められた通りの生活をする。二十歳を超えると一人一つの住居と「役目」を与えられる。その役目の内容は様々であるが、殆どが「下の世代の世話と教育」、または「ハレルヤのメンテナンス」に分けられる。
だがその二種類の役目の上には、特権階級として「管理区職員」が存在する。
ハレルヤから直接指令を受け、それに忠実に従い、世界そのものを管理する。彼らは「ミスター」「ミス」と呼ばれ、上層区の子供たちにとっては憧れの存在だった。
アオは大きく息を吐いた。そうしないと喜びを臆面もなく顔に浮かべてしまいそうだったからだった。感情の起伏が激しい者は、上層区には相応しくない。それは此処に初めて来た時に、ハレルヤの言葉が告げたものだった。
「拒否するか?」
「いいえ。受諾します」
席を立ち、男の後について部屋の出口へ向かう。周りから向けられる羨望と嫉妬の眼差しが少々くすぐったかった。
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