episode3. 疑問など必要なく正しさだけがある

米麺・キャンディー

 駅前の広場には、いつも誰かが屋台を出している。

 ソラの住むオメガブロックの駅は他の地区に比べると小さいが、その代わりと言わんばかりに屋台が多い。安くて美味しい店が多いので、他の地区の人間もわざわざ訪れるほどだった。


「随分、機嫌がいいじゃないか」


 行きつけの屋台の店主が、米麺の入ったスープを出しながら話しかける。ソラはそれに答えるように、口の両側を吊り上げた。


「昨日、いいことがあってさ。ずっと会いたかった奴に会えたんだ」


 白い器の側面に刻まれた黒いコードの上に、ソラは右の中指に嵌めた指輪を滑らせる。指輪の中に仕込まれたスキャナがコードを読み取り、個人データベースにアクセスする。そこにある電子貨幣の一部が転送されると、支払い完了を表す小さな振動が骨に伝わった。

 下層区で流通している電子貨幣は、様々なデバイスを用いている。一番多いのはカード型であるが、ソラの持つような装具型も人気だった。


「子供の頃の知り合いか」

「うん、そんなところ」


 管理区域で選別日を迎えた子供は、どちらに行くか決まった後は休む間もなく外へ放り出される。昨日まで一緒に遊んでいた友達と、それきり離れ離れになってしまうことは珍しくもない。


 例え「また会おうね」と約束したところで、自分が上層区の人間になるのか下層区の人間になるのかは、予測のしようがない。大抵の子供達は一人で選別日を迎える。ソラのように、別の子供の行き先を知っているような存在は稀だった。


「よかったじゃないか。仲良かったのか?」

「仲悪い奴を探したりしねぇよ」


 器の中の麺を箸で掴んで口の中に入れる。米粉特有の弾力、鶏ベースのスープ、申し訳程度の青菜の味が舌の上に広がった。ソラはこの屋台で一週間に二回は食事を摂っているが、あっさりとした味付けのスープは飽きが来ないので気に入っている。


 周囲にもっと濃い味や個性的なものを出す屋台は多いが、そういったものは数週間に一度食べれば十分で、週に何度も足を運ぶようなことはない。


「今度、遊ぶ約束したんだよ。そいつ、屋台で飯食ったことないから連れて来ようかな」

「珍しい奴だな。シータの西側あたりにでもいたのか?」

「もーっと奥」


 ソラは素早く中の麺を平らげて、器を台の上に戻した。その時、台の隅に置いてある小さなバスケットに目を止めると、店主に声を掛ける。


「キャンディもらっていい?」

「好きなだけ持っていけ。倒産した飴工場から貰ったやつだからな」


 バスケットの中に入った棒付きキャンディーを適当に掴み取ったソラは、店主に短い挨拶を残してその場を立ち去る。後ろで待ち構えていた中年の男が、ソラがいなくなった後のスペースに素早く滑り込んだ。


 キャンディを一つ口に入れ、下の上でミント味を転がす。口の中の味がリセットされる感覚が心地よい。舌と歯と頬の間で感触を弄びながら、ソラはオメガブロックの駅から逆方向に足を進めた。


 オメガブロックに隣接するガンマブロック。そこがソラの今日の作業場だった。

 フリーの情報屋として収入を得ているソラは、仕事とあれば何処にでも向かう。島自体が小規模であるため、何処に向かうにもエアレールやバスを使って、数時間あれば事足りた。望まれる場所に行き、望まれる仕事をし、望んだ報酬を手に入れる。この生活をソラは気に入っていた。


「あ、やべっ」


 ソラはふと前を見て、慌てた表情を浮かべる。

 駅から伸びる大通りの途中にあるバス停に、既に巡回バスが到着していた。鮮やかな赤い車体は遠目からでもよくわかる。オメガとガンマを繋ぐ路線を走るバスは全てその色で統一されていた。


「何だよ、こういう時に限って時間通りなんだから」


 十数メートルを駆け抜け、開いている後部ドアから中へ飛び込むと同時に発車のベルが煩く響き渡った。それが鳴り止むまでの短い時間で、ソラはバスの先頭へと進む。


 車内は二人掛けの椅子が二列づつ並んでいて、どれも鮮やかな色をした樹脂プラスチックで出来ていた。元々は全て同じ色だったらしいが、壊れる度にその時の流行色で作った物と交換していった結果、今のようになったと言われている。


 このバスは上層区が管理しており、そして流行色も上層区が決めている。長く動き続けた結果、それらの歴史を詰め込んでしまったバスは、緩やかなエンジン音と共に発車した。

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