再会

 管理区は五階建てで、最上階が選別前の子供達が住むエリアとなっている。四階はこの施設で働く職員達の住居と、メインコンピュータ室。三階は子供達が作られる生殖室と、その元となる遺伝子が保管されている情報室。子供達は此処で作られ、職員達によって規定の大きさになったら取り出される。


「これだけ優れた施設なのに、どうして入退室の管理はカードキーなんだろう?」


 二階にある特別室の扉を開いたアオは、自分のカードキーを弄びながら溜息をついた。


「上層区で作れば、そういうこともない筈なんだけどな。下層区には難しいのかもしれない」


 扉の向こうには、水の張られた床が広がっていた。

 部屋の一番奥に半透明のパネルが空中照射されていて、その光が床の水を鈍く照らしている。本体は床の中にあるが、肉眼で見ることは出来ない。大量のセンサーが埋め込まれた壁で四方を囲むことにより、部屋の中にいる人間の動作を感知し、パネルの操作を可能とする。

 二階にはこのような特別室がいくつかあり、いずれも何らかの政策や方針を下層区に適用することを目的としていた。


「音声認証。政策適用アルファブロック」


 アオが声を発すると、床が淡い光を放つ。水に服の裾を濡らさないようにしながら、アオはゆっくりとパネルの方に進む。見据える先には、自分が先ほどまで作っていた政策シミュレーションの確認番号が浮かんでいた。

 パネルの前に立つと画面が変化し、数字を入力するためのキーボードが表示される。アオは先ほどの確認番号を間違えないように慎重に打ち込んだ。


『……最終確認を実施します』


 画面が更に変化し、下層区の地図が青い線画で映し出される。


『適用する区域を選択してください』


 指で触れた先は、アルファブロックと呼ばれる場所だった。いくつかの操作を行い、政策を適用する。選択された区が緑色に変化し、適用完了を知らせた。


『明日より適用します。結果についてはイグノールに配信します。成果を確認のうえで一週間後にレポートを……』


 何度も聞いた説明を聞きながら、アオは画面を見つめる。アルファブロック、ベータブロック、ガンマブロック、オメガブロック、シータブロック。一度もその目で見たことはないが、上層区の人口に対して下層区の方が大きく、また農業なども行っているので土地は広いと聞いている。


 かつて世界には五十億人以上の人間が暮らしていたが、全世界で緩やかに生殖器官の不能が増えてからは、瞬く間に人口が減少した。人がいなくなったことにより維持出来なくなったエネルギー供給機関は破棄され、いくつかの国は滅び、歴史的建築物の保持も出来なくなった。


 全世界の人間が逃げ込んだのは、ある国が試験的に作ったコンピュータにより管理される島だった。半径五十キロメートル。かつての世界の数百万分の一の縮図で、人間は肩を寄せ合って生きている。


『以上となります。速やかに退出してください』


 機械音声に促されて、アオは踵を返す。再びカードキーを使って外に出ると、音もなく扉が閉まった。


「早く戻らなきゃ」


 此処での用事は済んだ。早く上層区に戻り、今度は経済学の勉強を行わなければならない。少しでも遅れれば、それは下層区の発展の遅れにもつながる。


 階段を使って一階へ下りると、広いロビーに矢印が二つ描かれているのが目に入る。一つは下層区、もう一つは上層区。そして矢印の先にはどちらも同じ形状の扉がある。


「……あれ?」


 何気なく下層区に続く扉を見たアオは、それが開け放たれているのを見て驚く。どちらの扉にも指紋認証と虹彩認証機器がついていて、認証を行わないと開くことはない。このように開いた状態で放置されていることは、ほぼ有り得ない。


「故障したのかな」


 アオはその扉に近づき、認証機器を見る。特にエラーなどは出ていない。観音開きの二枚の扉は外側に開かれたままで、何かに固定されているようだった。


「誰か呼ばないと……」


 そう呟いた途端、扉がゆっくりと元に戻り始める。何かシステムの遅延が起きていたのかもしれない。アオがそう胸を撫でおろした刹那だった。


「みーつけた!」


 閉まりかけた扉の向こうから、誰かの手が伸びてアオの二の腕を掴んだ。油断していたアオは、抵抗も出来ないまま扉の外へと引きずり出される。


 誰かが扉を外から押さえていたのだと気付いた時には、アオの体は下層区の方に出ていた。嗅いだこともない雑多な匂いと雑多な音が、一気に体を駆け巡る。続いて、足を取られて転倒したことで地面に転倒し、白い服が茶色く染まる。


「え、な、何!?」


 突然の出来事に混乱するアオは、腕を引っ張った誰かが傍らにいるのに気が付いた。恐る恐るそちらを見ると、満面の笑みを浮かべた少年がアオと同じように土に汚れた服を身に纏って座っていた。

 砂色の髪、茶色い目、右目の下の黒子。それを見てアオは呆気にとられた声を出した。


「……ソラ?」

「やっぱりアオだ! 会いたかった!」


 はしゃいだ声を出し、相手が抱き着いてくる。それを受け止めながら、アオは未だに混乱していた。

 八年前に離れ離れになった双子の片割れのことを、どう扱えば良いか。そんなマニュアルは上層区には存在しなかった。

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