上層区の日常
「本日のカリキュラムです」
白い部屋に並んだデスクには、それぞれ薄いモニタが置かれている。映し出されたのは一つの街の構成情報と経済状況の変動率。一秒毎に変化していく様子が、寸分の遅れもなく映し出されている。
「皆さんが見ているのは、下層区のアルファブロックです。この街の産業を保持し、経済状態を二パーセント向上しなさい」
全員が一斉に入力デバイスを手に取り、モニタの操作を始める。各端末に入っているのは、高度なシミュレーションシステムであり、下層区の各地区を対象として経済、治安、流行といった様々な「管理」をシミュ―レーション出来る。
これを毎日行い、優れた結果を出した者については、下層区への反映が許可される。それは彼らにとって名誉なこととされていた。
上層区は下層区の管理を目的として、子供達の教育を行っている。選別日に上層区の住人となった子供達は、翌日にはこの部屋でシミュレーションシステム「イグノール」の操作方法を習う。
他にも数多くのカリキュラムが存在するが、それはいずれも下層区を発展させるため、より良い社会を作るためにあった。
「そこまで」
一時間後、開始時と同じように天井のスピーカーから声がした。全員が手を止めて、端末が自動的にデータを送信するのを見守る。
彼らの操作結果は、管理区にあるスーパーコンピュータ「ハレルヤ」に送付されて採点される。子供達を選別するのも、上層区の人間を管理するのも、全てハレルヤによって行われていた。
「統計結果を出力します。……アオの政策が最も適していると判断されました」
いくつかの席から落胆の声が聞こえる。広い部屋の一番隅に座った少年は、砂色の髪を弄りながらモニタに表示された「合格」の文字を見ていた。
「アオ、政策を反映しますか?」
「します。当然です」
音声認証に従い、画面が変化する。赤と青の矢印が幾重にも交差する映像の後、シミュレーション内容が管理区へ伝えられたことを示す文字が流れた。何度も見たその画面を、アオは入力デバイスを使って消す。
その頃には、部屋にいる多くの少年少女たちは立ち上がり、次のカリキュラムのために移動をしようとしていた。
「アオは管理区に行くんでしょう? 政策反映の確認で」
立ち上がったアオに、明るい声が投げかけられる。振り向いた先には、ブロンドの髪の少女が立っていた。
「うん、そういう決まりだからね」
「いいなぁ。私も行ってみたい」
「アカネも合格点を取ればいいんだよ」
少女は軽く肩を竦めて首を左右に振った。
「苦手なんだよね。シミュレーションって。此処から出ない限り、普段下層区を目にすることはないわけだし、本当にこの政策が正しいかなんてわからないじゃない」
「ハレルヤが決めたことは正しいんだよ。僕達は正しい行いをしないといけない」
モニタを見続けていたために疲労を覚えた目を何度か瞬きさせながら、アオは返す。左目元の黒子がそれに合わせて動いた。
「下層区の世界を平和にするのは僕達の役目なんだよ」
「そういうの嫌いだわ」
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