第14話 俺とあいつは
あの日。神の光は、我々の繋がりを絶ち切った。
果てなき流浪の民よ。嘆きの旋律を天壌へ奏でて。
標となる互光差すは、霞か雲か。
あぁ、生き別れた友へ。一振りの希望を遍く灯せ。
我々は今日も、夢の中にて故郷へと帰るのだ。
浮殻灯台――
「なぁ、毎回思うんだけど、この語りってなんなの?」
俺はクッキーをもぐもぐ。たっぷりと練り込まれたバターの風味が口福を呼んで、口に運ぶ手が止まらない。口福ってのは造語なのかな。前に居酒屋の軒先で見かけて、ちょっとお気に入りの言葉になっていた。ルルも隣でもぐもぐ。一緒にもぐもぐ。リスみたいに頬張る横顔が反則的に可愛い。
新天地へ辿り着く度に、紡希が決まって魔術で演出していた冒頭の語りについて、俺は空中にふよふよと浮かぶクッキーの文字をまた一つ掴みながら、その必要性を問いかけていた。いや、美味しいから全然うぇるかむですけどね。
「雰囲気でるかなーって」
「まぁ、悪くはないな」
「ほら、クリクロ覚えてる? あ、黄昏の錬金術士でもいいけど」
「覚えてるよ」
忘れる筈がない。両方とも紡希と一緒に遊んだゲームの題名だ。
「そういや、どっちも新マップに入ると語り入ったな」
クリクロなんかは旧世代のゲーム機にも関わらず、けっこうな時間を費やした記憶がある。マルチプレイするには、付属するコントローラーではなく、ゲームボーイアドバンスを専用のコネクトで繋がなければならないという珍しいものだった。
何も知らないまま(俺も紡希も説明書は滅多に読まない派。むしろ、無知な状態で挑んで、あたふたしつつ楽しむのが互いにとっての暗黙の了解となっていた)ゲームを始めて、あれ、マルチプレイできないじゃん。機器足りない。ネット注文なんて待てない!! じゃあ、買いにいこ!! いますぐ!! という紡希の我侭により、俺は懐古厨(言うほど古くはない》の如く、都内を駆け回ったものだ。
ちなみに黄昏の錬金術士は比較的新しく、シリーズとしても有名な作品だ。春からはアニメ放送も決まっている。むろん、視聴予定である。
「そそっ、ああいうの憧れてたんだ。やっぱり本家には叶わないけどねー」
「えっ、自作なの?」
「……そうですが、なにか?」
声がもうなんか得意気だ。しかし、紡希のやつ。インコになってるほうが饒舌じゃないか? ルルともそれなりに打ち解けたみたいだし。
「あいたた、こう、なんか胸がいたいよ。名状しがたい痛みだよ。なんちゅうか、若気の至り? わりと真剣になって二重の極みの特訓をしてた中学の同級生を思い出したよ。うん、あっ、ごめん!! やめてっ!! いってぇぇぇぇ!!」
首元に片方の爪を引っ掛けて、更には嘴で薄皮一枚を噛んできやがった。甘噛みならまだしも、千切る勢いだ。ひょろんと後ろに伸びる尾をさわさわして反撃。「ぴぃ」と鳴き声が耳元で響き、即座にルルの帽子へ避難する紡希。ぐへへ、効果は抜群みたいだ。
「ツミキさん、いいこいいこー」
ルルにあやされてるインコさん。絵になるなぁ……ルルがね。
「ってか、あれ……どうやって入るんだよ」
ほのぼのと談笑していたのは、逃避行為の裏返し。
俺達は、不気味なほどに静まり返っている雑木林の木陰に潜んで、バンヘーゼンを見上げていた。
円環大陸の南部は、視界を遮る鬱葱とした林地帯の所為もあってか、想像以上に魔物との遭遇率が高かった。
正直、ルルが一緒に居てくれて助かった。いや、十二歳の少女に頼りっきりというのは、さすがにカッコつかないので、俺も頑張ったよ? 紡希の支援を受けつつ、ソニックブーム飛ばして、近寄ってきたらサマーソルトキックですよ。エリィ・ブルーメには呆気なく破られましたけど、そこら辺の魔物なんかに遅れは取りませんよ。俺の待ちガイルを突破できたら大したもんですよ。
結果的に、レベルも上がったみたい。現在、俺のレベルは6です。気持ち程度ですな。なんの実感も、感慨も湧きません。
とまぁ、経過報告はそれぐらいにしておいて、目下、考えるべきは……浮遊する街バンヘーゼンについてだ。
トロイメライと繋がるシュラーフなる架け橋の出発点であるバンヘーゼンは、円環大陸の南部の内側。つまり、雲海に漂っていた。
罅割れた卵の殻を連想させる岩盤に、下半分ほどを包む不可思議な形状。
どういう原理で浮いてるのか? どうして、風に飛ばされることもなく、あの位置に固定されているのか? あそこで暮らす人々って、どうやって街から降りてるの? とか疑問は尽きない。
卵の殻から飛び出しているのは雛ではなく、石灯篭に似た造形をしている巨大な灯台だった。時折、彼方まで閃光を奔らせているから、たぶん、灯台で間違ってない筈。なにより、紡希の自作語りで、浮殻灯台と表現してたし。
「どうやってって、あたしは箒あるし……シンはさ、ほら」
気まずそうに言い淀むルル。うん、薄々勘付いてたから大丈夫だよ。情けなんていらないんだよ。
「俺は、タイムアタックすればいいんだよな」
半ば自棄になって、右肩に戻ってきた紡希へ確かめる。
「うん、真なら、きっとレコード更新できるよ」
「あんな真似するの俺ぐらいだからね」
「「あははっ」」
二人揃って笑って誤魔化しやがった。もう、いいけど……それよりも。
「勇者達の場合は、どうやって街に入るんだ?」
「うんとね、ゲームの『トロイメライ』だと、一度、バンヘーゼンは通り過ぎて、南東の不死の王に会いに行くの。それで、実力を認めさせて、不死竜に運んで貰うって流れ」
「ってことは、それなりに時間は稼げるな」
ルルは一声も発しなかったが、内心、ほっと胸を撫で下ろしているのだろう気配が、安らいだ表情からも見て取れた。
俺達が「魔王を救う為にラムスプリンガを強奪しましたー」なんて勇者達に明かせば、あちらも血相を変えて、なにがなんでも阻止しようとしてくるだろう。可能な限り接触は避けたいというのが本音だ。
しかし、未だに納得できていないのが、この世界の結末を――バッドエンドを変えるという紡希の願望と、母親を救うというルルの決心とは、本当に、齟齬なく噛み合うのだろうか? 紡希の言及を疑うつもりはないが、仮にそうだとしたら些か都合的過ぎる展開じゃないか?
魔王封印によって勇者が犠牲になるというバッドエンドだが、魔王がルルの母親なら、そもそもの封印の意義を取り払って、結果的に、勇者を犠牲にせず、世界も救われるというのが紡希の作戦なのかな。
当初、俺に「勇者の代わりに魔王を封印して」と言っていたのは、その場凌ぎだったんだろう。けど、なら、なんで、魔王の正体が現実側の人間だという部分を隠す必要があったんだ?
こりゃ駄目だ。堂々巡りだな。じっと考察してても何も解決しそうにないし、とりあえずは行動あるのみ……か。
いやっふぅ!! ひゅうぃごぉぉぉ!! は割愛。
バンヘーゼンを一言で表現するなら、其処は人外の地であった。
二言で伝えるなら、灯台が幻想的。街人がなんだか威圧的。
今北産業で説明するなら、サムイ、コワイ、クライ。
なんでも100年前の結界により孤島トロイメライへ帰れなくなった魔族達の中から、人間や亜人に友好な一派だけが残り、いずれ来る日に備えてバンヘーゼンを守護しているのだとか。言うほど友好的に見えないのは、俺達が勇者じゃないから?
「私、一旦、現実に戻るね」
「ん、なんで?」
侵入。もとい到着するなり、紡希は突然、そう切り出した。
正直、ここで紡希がPT脱退するのはちょっと……適当に街中を散策してるだけでも、なにかの視線をひしひしと感じるのに。
「ほら、真と違って、共有で精神だけこっちの世界に出張させてる感じだから、時流の差をあんまり引き摺ってると、肉体と精神との間になんらかの支障を来たすんじゃないかって思って。念の為」
「ふぅん、じゃあ、俺は精神と時の部屋に入ってる感じなのか。宿題持ってくれば良かったなぁ」
「だから、宿題ぐらい、私が魔術で偽装してあげるって」
「嬉しいけど、いち受験生としては、やっぱ、自分の手でやらないと、身につかないしなぁ」
「いいじゃん、進学しなくても。私と薄い本書いて生計立てよ?」
「俺はもうちょっと安定した生計を望みます」
「じゃあ、あとで私の部屋を精神と時の部屋に改良してあげる。そうすれば、いっぱいゲームできるし」
「いや、そこは勉強させろよ」
なんて普段通りの戯れもそこそこに、紡希は本当に現実へと帰っていった。残されたインコの器は、霞んだ雲の向こうへ忽然と飛び立ってしまったが、よかったのだろうか。
「いいなぁ、シンとツミキさんの関係って、なんていうんだろ……ちょっと羨ましいかも」
ほぼお荷物。戦力外通知の俺と二人きりにされたにも関わらず、ルルは存外、鷹揚と構えている。ただ単に危機予知能力が皆無なだけかもしれない。
「そうか? まぁ確かに……俺とあいつは出会って一年ぐらいだけど、密度が半端無いからなぁ」
「あたしさ、小学校とかも通ってなくて……お母さんの仕事柄しょうがないんだけど。友達欲しいなーって、ちっちゃい頃は憧れてたんだ。今はもう慣れてきたけどさ」
十二歳で達観する自称天才美少女魔法使いちゃん。
そうか。そんなに俺にくさい台詞を言わせたいのか。
「友達なら、こ、ここに、居る、だろ」
やっぱり恥ずかしかったので、ちょっと読点が多くなった。
「えっ?」
そして聞き返されるというオチ。
「俺も、紡希も。もうとっくにお前と友達になったつもりだったんだけど、どうやら片想いだったのかな。俺はこんなにルルのことが好きなのに」
さりげなく恋慕アピール。
「わわっ、そんなことないよー!! シンはちょっと、ほんとにちょっとだけ、変態さんだけど、あたしも、すっごく好きだよ」
変態で心砕かれかけたけど、その直後の一言で、俺の心は有頂天。
「……あの。なんか息が荒いんですけど」
怯えた子犬の様な眼差し。しまった。自制しろ俺。じせいって、なんかちょっとだけ卑猥っぽいよね。いや、そうじゃねぇよ!!いかんいかん、思考がそっち方面に引き寄せられていく。きっとこれは、あの淫乱ピンクの猫耳に触れたからだ。おのれ、恨みはらさでおくべきかエリィ・ブルーメ。
「でも、どうして……魔女のツミキさんと、その……一般人って言ったらあれだけど、シンは仲がいいの? あたし達ってさ、余程の事がない限りは、正体を晒さないし、仮になんかどじって魔術師だってばれても、記憶いじったり、口封じの呪い掛けたりでなんとかできるし」
この子は、さらりと怖ろしい事を口走るよな。
「……あったんだよ。その、余程の事がな」
元々、ひきこもり体質ではあったが、あそこまで廃人化していなかったあいつと、家に帰れば、誰かが出迎えてくれたあの頃の俺と。
住む世界が異なる筈の俺達を結びつけて、そして、離れられなくしたのは……全部が全部とは言いたくないが、その元凶には『戒牢』の存在があった。
ある過去が原因で、周りの不幸を――バッドエンドが許せなくなったあいつは、大がつく馬鹿の一つ覚えで、誰かさんを救う為に、自分さえ犠牲にしたんだ。
あいつが失って、俺が得たもの。
そうやって繋がった俺達の歪みは、もう取り返しもつかない。だから、俺は進学っていっても、他県に行くつもりなんてないし、どんなに望みが薄くても、近場の大学を目標にしていた。
この先も、俺はあいつの傍から離れるつもりなんてない。
それが、救われた俺がすべき――なんだと、いまでも思っている。
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