第2話 一旅行こうぜ


「で、は、どういった経緯なんだ?」


 窓際にずらりと並んだ液晶テレビを眺めつつ、すぐ隣に座る絵本えもと紡希つみきへ問い掛けた。 

 俺と紡希は薄暗い室内で、肩を寄せ合って座っている。

 決して部屋が狭いわけじゃない。これは紡希たっての我儘だ。

 彼女はもう春間近だというのに、一枚の真っ白い毛布を膝にかけて『一狩り行こうぜ』で有名な豚のマスコット?のぬいぐるみを抱いて、その上にワイヤレスの白いコントローラーを寝かせていた。

 テレビ台下の収納スペースへ収まるゲーム機に紛れて、プライズの美少女フィギュアが幾つか飾られている。懐かしいな。俺が、紡希に取ってやったオヤシロさまもいた。にぱー。

 トロトロになるまで煮詰めた林檎にシナモンシュガーをふりかけたかのような甘ったるい匂いが、鼓動を早める。

 紡希は棒つきの飴を噛み砕いて、しばしの沈黙。


「ただの自己満足だよ」と答えた。

「ふぅん、なら、あんまり気乗りしないなぁ……結末エンディングを変えるってのは、つまり事象改変するってことだろ?」


 事象改変とは俺独自の言い回しだ。

 今回の例でいえば、俺達が『魔術』でゲーム『トロイメライ』の結末を、勇者が犠牲にならないエンディングに変えたとする。その結果、誰が何処で『トロイメライ』をクリアしようと、勇者は死なず、既にクリアした人達にとっても、勇者は死ななかったと記憶が書き換わるのだ。つまり、世界そのものが認識を改めるのである。けど、世界規模の改変は、大義名分でも伴わない限り禁忌とされている。

 俺は遠回しにその部分を指摘していた。

 それこそ『協会』の依頼なら、こっちだって渋る理由もないけど。


 一年前、とあるゲームセンターから始まったいざこざの果てに紡希に救われて以来。

 俺は『協会』関連の仕事で、何度か彼女の助手を務めてきている。

 協会について補足するなら、大よそ人として真っ当な魔術師達が名を連ねる団体の事であり『魔術は秘匿すべき』を信条とする意思の総称だ。

 現代の時勢に順応して、ひっそり生きようとするのが協会の総意なのだと、彼も話していた。

 ただ、誰もが、その生き方を受け入れているのか? と聞けば、現実はそうじゃないらしい。

 魔術の価値を世に知らしめたい魔術師なんかもまだ多いみたいで、その中でもずば抜けて悪名高い過激派集団『戒牢かいろう』の介入はこれまで数知れず。数年前に人を取り込むMMORPGとして非日常界隈を騒がせた『New Age』だって、いまだ未解決。『戒牢』の関与が疑われたままなんだとか。

 奴らは俺と紡希の過去にもちょっとだけ関わりがある。だから、あんまり好きじゃない。むしろ、嫌いだった。


「改変まではしないよ。制作会社の方々に失礼だし」

「え、じゃあ本当にこのソフトだけ?」

「二次創作みたいなものだね。公表はしないけど」

「あの、それ。俺にメリットなくね?」

「……これがご褒美じゃ不満?」


 そう言って、紡希はほんのりと頬を紅潮させつつ、ワイシャツの一番上のボタンを外してみせた。


「うん、ごめん。俺には、お前が何を言ってるのかさっぱりだ」

「……」


 ちょいたいっ!! ごめん。やめて。しゃぶってた棒でこめかみを重点的にぐりぐりしないで。地味にいたいから。


「いいでしょ。さっ、私と一緒に薄い本をつくろ」

「なんか嫌な言い方なんですけど」

「安心して。私はロリに抵抗ないから」

「やめて!! 俺がロリコンみたいな言い方はやめて!!」

「違うの? 私と対戦する時はナコルルとかユリとかクーラとか、そういうのばかり使うじゃん」


 あちゃー。偉大なるSNK様を忘れてたかー。そうだねー。俺やっぱロリコンかもねー。もういいです。


「けど、結末を変えるって言ったってさ、そもそも……そんなこと出来るのか?」


 こういうタイムトラベル的な展開って、最近じゃ珍しくなくなってきてるけど、因果律だったっけ?

 運命を変えようと足掻いても、過程に些細なずれが生じるだけで、結局は収束して、結末は変わらないってやつ。この前、紡希と一緒に遊んだ想定科学ADVだって、主人公が何度タイムリープを繰り返しても、結果が変わらなくて、見てて辛かったな。どう足掻いても絶望。

 そういう妨げがあるのではないか? と俺に異論を唱えられた紡希は一言。


「大丈夫。強くてニューゲームだから問題ない」


 起伏に乏しい上半身を反らして、得意げに鼻を鳴らしている。

 ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。不覚。


「私達が救うのは二周目の勇者だから」

「それでいいんかーい」


 思わず、この前のお笑いライブで準優勝だった芸人の口調を真似てしまった。俺の芸が伝わらず、怪訝そうに眉をひそめる紡希。

 水晶にも優る眩惑的な瞳が、じとーっと狭まる。


「なぁ、紡希。ぶっちゃけさぁ……お前が自分で行けばいいんじゃね?」

「そうしたいのは山々だけど。私が転送してしまうと、現実に戻れなくなっちゃうから」

「あぁ、媒体か」


 異世界間を行き来する為には媒体が必要となる。要は、行先となる異世界の存在を証明する品物だ。

 この条件とやらがまた曖昧で、一例を挙げれば鏡界ミラーランドへの通行に、チェス盤が選ばれたり、夜会サバトへの招待状としては、山羊の角が好まれたりしてるらしい。

 今回、見事……紡希の逆鱗に触れた『トロイメライ』の場合は、ゲームソフト自体が媒体としての条件を満たしてる筈だ。

 ゲームソフトは『トロイメライ』の世界の品物ではないが、『トロイメライ』の世界を証明している。紡希なら、それで充分だと思う。

 異世界転送の成否は他の魔術と同様で、魔術師個々の力量に左右されるらしいが、やはり、媒体と世界との繋がりの厚薄こうはくが最もな要因になる。

 で、もし『トロイメライ』の世界から、現実側へ戻ろうとした時、たぶん、媒体が見つからないのだ。

 仮にあったとしても、すんなりとは見つけられないと考えた方がいい。


 持ち込み。という選択肢もあるにはあるが、以前に紡希から聞いた話だと難易度が格段と増すらしい。

 個人的にはむしろ成功しやすくなるイメージなんだけど。魔術はよくわかりません。

 俺は一部の認識が突出してるだけで、魔術自体は範疇外だ。

 なんかいかにも俺が行かなきゃいけないって気がしてきたけど、結局の所、騙されてるんだよなぁ。


 絵本紡希の特徴その二。


――彼女は極度の人見知りだ。


 いわゆるコミュ障。あるいみ内弁慶。

 稀有な容姿や澄ました態度から生じる『見えざる壁』は、それこそ4000以下のダメージなら尽く遮断するあれにも匹敵するぐらい頑丈っぽいが。

 実際、調子のって単機突撃させてると集中砲火でENが枯渇し、あえなく撃沈する。

 たまに一緒に外出しても、店員と話すのにすら俺を介する必要があるという末期ぶりだ。


「俺は通訳じゃねーぞ!!」

「真、がんばれ。もっと私とのシンクロ率を高めてっ」

「エヴァのパイロットでもねーよ!!」


 とは、いつかのやり取り。

 店員さんが苦笑交じりに「僕も使徒じゃありませんからね」と子供を諭すように言っていたのが面白かった。

 背中にぎゅっとしがみつかれて頼られるのは、悪い気しないが……それ以上に、いつも周囲から突き刺さる歪んだ視線が痛い。

 たぶん、紡希には、異世界に旅立つような気概はない。なのにバッドエンドを変えたいとは、これいかに。


「あのさ、媒体がなかったら、俺だって戻れないよね?」

「転送と送還はちょっと違うから。私が現実側に残れば、真はいつでも戻ってこれる」


 ふむ、そろそろ考えるのが億劫になってきたぞ。とにかく、戻ってこれるならいいか。


「よしわかった。やってみるだけやってみるか」


 内心、ちょっとわくわくしてたり。

 ゲームの世界に遊びに行けるなんて、ゲーマーとしては千載一遇のチャンスだ。

 これが自分の大好きなゲームだったら尚良しだったが、そこまでは求めない。幻想ファンタジーらしい猫耳の少女とかに会えるかな。


「じゃあ、いってらっしゃい」


 紡希はあっけからんと呟き、俺の額を指でちょんと小突く。

 次瞬、視界が暗転。

 俺は卒倒する狭間、彼女の唱えを耳に拾った。


「ハイパーボッ!!」

「……」


 うん、それ、ぜったい呪文じゃないよね。そういえば、紡希は格ゲーだといつも主人公を選んでたっけ。ってか、このネタは拾いにくいだろ。しかも、幸先悪いんだが。

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