第769話 人と神

 その後。

 朝日がしっかりと昇る頃には、街の状況は完全に把握できつつあった。


「生存者は、四割程度。そのうち半分以上は重症で動けない。まともに活動できるのは、元の一割くらいか……」


 見れば見るほど絶望的な数字だ。

 アインアッカは大打撃を受けた。亜人連邦の中枢がほとんど麻痺している。連邦体制がいい方に働いた。だが、アインアッカには一刻も早い復興が必要だ。

 なにより、失われた命が多すぎる。

 亜人達の王として、俺は心を痛めざるをえなかった。


「これでわかったじゃろう。いよいよ女神が本腰をいれてきたのじゃ」


 司令室のソファで、のじゃロリモードのアカネが腕を組んでいた。


「瘴気が割と対策できていたから、油断していた」


「あれはそもそも魔王が発したものじゃ。マーテリアが直にやっておったら、この世界は数日ももたんかったじゃろう」


「それほどなのか?」


「まがりなりにも、女神じゃからな」


 女神。

 神、か。


「なぁアカネ」


「ファルトゥールの言っていたことなら、気にした方が負けなのじゃ」


「……けど」


「ロートス。人か神かは、おぬしが自分自身で決めるのじゃ」


 自分自身でか。

 そういうことなら、人がいい。


 けど、人にしては、俺はあまりにも強すぎる。

 魔王を倒した時のことを思い出す。

 今になって思い返してみれば、周囲の兵士達の俺を見る目は、明らかに恐れだった。

 いや、畏れと言ってもいい。

 それは同じ生き物を見る目ではなく。理解の及ばない大いなる存在を畏敬しているようだった。


 俺が自分で自分を人だと言い張っても、周りはそれを認めないんじゃないか。

 今は英雄だとほめそやされているか、それがいつしか神として崇め奉られる日が来るかもしれない。

 周りの人間から、神扱いされる?

 そんなのは、ごめんだぜ。


「アカネ」


「なんじゃ」


「ファルトゥールの奴はさ……お前も、神だと言ってたけど」


「そうじゃな。否定はせん」


「え?」


「〈座〉に至った者は、世界の理という枷から解き放たれる。わらわが歳を取らず、年齢を自在に操れるのも、そのためじゃ」


「……じゃあアカネは、女神だってのか?」


「言ったじゃろう。否定はせんと。ま、よほどのことがない限り、そういった類の力は封じておるがな」


 なんてこった。

 ということはつまりだ。

 アカネは、自分が神であると、自分で決めたということか。


「ふっ」


 愉快そうに笑うアカネ。


「なんちゅー顔をしておる」


 どうやら俺は、かなり変な顔をしていたらしい。

 思い詰めているだけなんだが。


 アカネはひょいっと立ち上がると、そのまま司令官の席に座る俺の背後に回った。

 そして、背中から抱きしめられる。


「ね。蓮」


 その声は、のじゃロリのアカネではなく、純日本人の朱音のものに変わっていた。


「私はさ。神であることが、人であることを否定するとは思わないんだ」


「……半神半人ってやつか? デミゴッド的な?」


「ううん。そうじゃない」


 朱音の指が、俺の胸元をなぞる。


「人であることと、神であることは、完璧に両立できるってことだよ」


 確信の響きをもって、アカネは言葉を紡ぐ。

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