第637話 デクレッシェンド

「小官は長らく彼女を監視していました。ですから、彼女がそのような願望を持っていることに気が付くまでに、そう時間はかからなかったのです。思えば、メイ嬢が友人の恋人を寝取りまくっていたことに疑問を抱くべきでした」


「いや気付けよそこは」


 どう考えてもおかしいだろ。

 いや、フランクリンがすでに魅了されていたとすれば、メイにとって都合よく解釈してしまうのも仕方のないことだ。


「ふむ。レオンティーナ、起きてるか?」


「はい」


「ああ。そのままでいいぞ」


 ベッドから起き上がろうとするレオンティーナを手で制す。


「メイさんは、今どこにいる?」


「すでに国外へ脱出しました。親コルト派と共に、ツカテン市国に入っています。ルートから察するに、おそらくそのままノルデン公国に向かうものかと」


「そうか」


 俺はフランクリンに向き直る。


「どうする? 悩みの種は国から出ていったぞ。まだあの人の監視を続けるか?」


「国防の点から続けなければなりません。目下の懸念が消えたとはいえ、またいつ戻ってくるかわからないでしょう」


「それだけか?」


 聡いフランクリンは、俺の短い問いで意図を理解したようだ。


「認めます。小官は、メイ嬢に惹かれています。小官はやはり、魅了されているのでしょうか?」


「ああ」


「……では、監視の役目は他の者に託した方がよいですね。小官では色眼鏡が濃すぎる」


 軍帽をかぶり直し、フランクリンを目元を隠す。


「別にいいんじゃね?」


「え?」


「監視するなら、対象への執着は必要だろ。それに、人を変えてもまた魅了されたら終わりだ。それなら、魅了されてるって自覚してるあんたの方が百倍マシだと思うけどな」


「ロートス殿」


「ま、これは行きずりのイケメンが言うだけの意見だ。軍部のことは、ちゃんと軍部で会議でも開いて決めるんだな」


「……わかりました」


 噛みしめるように言って、フランクリンは立ち上がる。


「では、小官はこれで失礼いたします。この度はご協力に感謝いたします。謝礼については、後ほど使いを寄こします故」


「別にいいよそんなの。俺達も、明日にはこの国を出るし」


「しかし」


「貸しってことにしてくれたらいいや。この国が平和になったら、その時に返してくれ」


「……感謝いたします」


 フランクリンはお堅い敬礼をして、部屋を出ていった。

 なんか、気疲れしたわー。

 メイの問題に始まり、親コルト派による国家規模の暴動が起きた。

 これも俺の存在に気付いた女神達の陰謀だとするなら、けっこう責任感じるぜ。


「主様」


「ん?」


「世界各地に散らばった守護隊が、再び主様のもとへ集結を望んでいます。いかがなさいますか?」


「連絡とれるのか?」


「我らは離れていても、隊長を介して意思疎通を図れます。すぐに主様の命を伝えることも可能です」


「ふーん。シーラはどうしてるんだ?」


「聖女と共におります」


「なるほど」


 つまりシーラが、神聖騎士の長ということになるんだろうな。

 エレノアが守護隊をどう見ているかが気になる。俺のことを思い出していることには、もう気付いているに違いない。


「そのまま各地に散らばっておいてもらいたいけどな。今回みたいなことが、どこでも起こってるんだったら、対処してほしいし」


「承知しました。みなにはそのように伝えます」


「無理はしないようにだけ言っておいてくれ。近いうちに一人欠けることなく集まってもらう必要があるからな」


「御意」


 ベッドの上のレオンティーナは、すっと目を閉じた。

 さて、俺も一息つくとするか。

 てんやわんやだったからな。いつものことだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る