第638話 世界遺産だろ

 翌朝。


 回復したレオンティーナを伴い、ヨワイの街を出立。

 フォルティスに頑張ってもらい、その日の昼過ぎにはツカテン市国に入国した。

 ドーパ民国とツカテン市国は、どちらも帝国の属国ということもあって、同じ経済圏の中にある。だから、特に複雑な手続きもなくスムーズに国境を越えられた。


「ツカテン市国は都市一つ分の国土しか持たない超小国です。ですが、敵対的な歴史背景を持つドーパ民国とノルデン公国のクッションとして、重要な役割を果たしています」


 というのはレオンティーナの言だ。


「今では両国とも帝国の属国ですが、百年前までは血で血を洗う戦争を続けていました。帝国が彼らを平定し、その緩衝地として建国したのが、ここツカテン市国なのです」


「クッションとしてだけ作られた国ってことか?」


「いえ、それだけではありません。この国に住むのは、かつて故郷を失い世界を彷徨っていた流浪の民クィンスィンです。彼らは独自の信仰を持ち、剣術に優れ、傭兵として世界の戦場を転々としていたのです。過去には、クィンスィンあるところに戦乱あり、などと囁かれていました。帝国は戦火の拡大を抑えるために、そんな彼らに国を与えたのです」


「それだけ聞くと、帝国がいいやつみたいに思えてくるなぁ」


「クィンスィンを手懐けるためと、言い直してもよいかと」


 どちらにしろ、帝国にとって利があるからそうしたってだけだろうな。

 まぁ、ウィンウィンの関係なら別に文句はない。


 ツカテン市国の歴史がわかったところで、早速メイの行方を追いかけよう。正直ここまでくれば、彼女のことは放っておいてもいいのかもしれない。

 ただ、親コルト派とつるんでいるし、行く先がノルデン公国ということは、帝国まで向かう可能性もある。

 これは俺の直感だが、メイはこの騒乱のキーパーソンだ。

 彼女を追いかけていれば、いずれこの世界の歪みの根幹に辿り着くような気がする。あくまで俺の直感だがな。

 女神を倒す。人間社会を平和にする。どっちをも達成するためには、地道な行動が不可欠だ。


 そうでなくとも、友達の彼氏を寝取るような女はけしからん。実にけしからん。

 俺としては、その時の話を詳しく聞かせてもらわなきゃならないんだ。

 そんなことを思いながら、俺はレオンティーナを連れてツカテン市国唯一の都市ヒミュラの大通りを歩く。


「変わった街並みだな」


「クィンスィンの民は独自の文化を築いています。帝国もそれを尊重しているのです」


 どことなく、和風の街並みである。

 転生前の世界の、江戸時代の城下町のような風情がある。街ゆく人たちの服装も、まさしく和服といったいでたちだ。

 そういえばアカネもこんな感じの服装だった。もしかしたら、あいつの出生はクィンスィンと関係あるのだろうか。初代ダーメンズ子爵の末女と言っていたけど、養女ということならありうる話だ。

 まぁ、会った時に聞けばいいか。あいつとは、会うべき時会う運命だろうから。


「メイさんは、まだこの街にいるのか?」


「はい。『シーカーポッド』の反応は近くにあります」


 レオンティーナは、しなやかな人差し指をぴんと伸ばす。指し示した先は、街の中心にそびえる城だった。


「イーグレット・キャッスル。この国の政務一切を司る場所です」


 白い外壁が特徴的な城は、転生前に大河ドラマで見たような風格を帯びていた。

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