第625話 神聖騎士

 駐屯地に向かう間、会話はなかった。

 まぁ、カマセイからすれば気まずいことこの上ないだろう。

 早足で歩くカマセイの後をついていくこと十数分、俺は無事に帝国軍駐屯地へと到着した。それは、街の一画にある大きな館だ。


「団長。お疲れ様です」


 門前に立つ二人の歩哨が敬礼をする。そして、俺に訝しげな顔を向ける。


「その男は……?」


「あ、お前は!」


 どうやら片方は昨夜カマセイと一緒にいたうちの一人のようだ。


「いい、騒ぐな」


 剣に手をかけた騎士を、カマセイが静かに制した。


「こいつも中に入れてやれ」


 俺を見ることなく、親指を差し向けてくる。


「いいのか? 別にここで待っててもかまわないけど」


「神聖騎士を連れていくなら、お前がいた方がやりやすい。それだけだ。妙な真似はするなよ。この中は治外法権だ。帝国の法が適用される」


 大使館みたいな感じかな。

 騎士の敵愾心剥き出しの視線を受け流しつつ、俺はカマセイを追って館の中に入る。

 エントランスは吹き抜けの広々とした空間だった。中央には、二階へ続く階段と踊り場がある。

 中にいる奴らは、見慣れない俺に怪訝な目を向けるか、敵意を向けるかのどちらかだった。帝国騎士ってのは、排他的なのかな。戦時中だから、気が立っているのかもしれない。


「カマセイ団長。その男は」


「言うな。昨夜のことはもう忘れろ」


 館のエントランスで、騎士の一人が声を荒げたが、カマセイは早口でそれを咎めた。


「こいつは民国の使いだと思え」


「は……しかし」


「命令だ」


「は」


 騎士は不服そうだが、それ以上追及はしない。


「それより、神聖騎士は部屋にいるか」


「姿を見ていないので、在室していると思うのですが」


「そうか」


「呼んで参りましょうか」


 騎士の提案に、カマセイが答えようとした――その時だった。


「その必要はない」


 エントランスに、清涼な女の声が響いた。

 その場にいた数十の視線が、一点に集まる。

 二階へと続く階段の踊り場に、一人の女騎士が立っていた。白銀の鎧と純白のマント。そして、顔は同じく純白のフードに覆われている。


「神聖騎士だ」


 カマセイが呟く。

 場は一瞬にして静まり返った。あの女騎士が現れただけで、空気がピリついている。

 なるほど、これが聖女の加護を受けた神聖騎士か。たしかに存在感がすごい。

 この場の騎士が束になっても、一蹴されてしまうだろう。カマセイならいい線行くかもしれないが、やはり敵いはしないだろう。

 力の差を理解しているからか、あるいは聖女の手足だからか、騎士達はあの女に対して畏怖にも似た感情を抱いているようだった。


 神聖騎士が、階段を降りてくる。

 俺はすこし楽しみだった。フードに隠された顔を、早く拝んでみたい。

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