第626話 忘れられぬ感触

 神聖騎士はカマセイの前に立つ、と思いきや、通り過ぎて俺の前にやってきた。

 それから、姿勢よくその場に跪き、ゆっくりとフードを外した。


「我が主様――アルバレスの御子に、拝謁いたします」


 エントランスは、異様な空気に包まれた。

 騎士達がざわつき始める。


「おい、あれはどういうことなんだ。神聖騎士が膝をついたぞ」


「わからん。もしやあの男、教会のお偉いさんなのか?」


「だが、神聖騎士が仕えるのは聖女様だけのはず。教皇猊下にも頭を下げないと言われているのに」


「何者なんだ、あの少年は……」


 まぁ、なんとなくわかってはいた。

 俺の関係性がそのままエレノアに移ったという例があるから、アルバレスの守護隊がそのままエレノアに仕えていたというのを予想していなかったわけじゃない。女しかいないっていうのも共通点だしね。

 俺は神聖騎士の顔をまじまじと見る。


「ん?」


 見覚えのある顔だった。ショートヘアの可愛らしい顔立ち。鳶色の瞳。守護隊の中でもシーラの次に関わりのあるメンバーだった。

 そう、いつか俺がおっぱいに顔をうずめたことのある子だ。二年の歳月ですこし大人びた風貌になっているが間違いない。


「キミだったのか」


「二年余り、主様のもとに馳せ参じられず申し訳ございません。それどころか、主様自らご足労をさせてしまうなんて……我ら守護隊、無能の極み。いかなる罰をも甘んじてお受けいたします」


「無能なもんか。俺がいない間エレノアを守ってくれてたんだろ? それでいい。感謝こそすれ、罰を与えるなんてありえないさ」


 無能というなら、俺の方こそ無能だよ。


「主様。それでは私の気が済みません。他の隊員も、同じ思いでしょう」


 別にいいのに。

 まぁ、そういうことなら罰を与えることにやぶさかではないけど。


「それについては後で考える。今は時間が惜しいから、とりあえず一緒に来てほしいんだけどいいか?」


「主様の御意のままに」


 実に慇懃な態度で頭を垂れる。

 周囲の反応はさらに大きくなっていた。


「神聖騎士の主って、本当にどういうことなんだ……?」


「あのプライドの高い神聖騎士が、あそこまでへりくだるとは、この目で見ても信じられん」


「聖女以外には、決して頭を垂れないという話なのに」


 うーん。

 帝国における神聖騎士のイメージって、なんか異様だな。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」


「一影にすぎない私の名をお聞かせするなど、恐れ多いことです」


 なんだその理屈は。


「命令だ。名乗れ」


「レオンティーナと申します」


「よし」


 俺は満足げに頷いて見せる。


「いい名前だ。行くぞレオンティーナ。ついてこい」


「御意。あっ」


 俺はレオンティーナの手を取り、立ち上がらせる。


「主様のお手を頂戴するわけには」


「もうそういうのいいって。めんどくさい」


 そのまま手を繋ぎ、館の外へ引っ張っていく。もちろんレオンティーナは抵抗しない。ただ戸惑い、俯いている。

 周囲の騎士達の反応は、もはや驚愕を通り越して困惑し、混乱にまで達していた。


 まぁ、周りにどう思われるかどうかなんて関係ないしなーやれやれ。


 守護隊の一人に再会できたことは大いなる収穫だ。

 メイのスキルのこともそうだが、エレノアや帝国の情勢についても詳しく教えてもらえるだろう。

 念の為、カマセイについてきてよかったわ。ホント。

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