第402話 夢か、現か、いつかの記憶か

 夢を見た。

 二年前のあの日から、ずっと見続けている夢。


 こことは違う世界で、俺はたくさんの大切な人達と一緒に、一生懸命何かの為に戦っている。それが誰なのか、何なのかはわからない。

 目が覚めると全てが曖昧になり、具体的なことは何も思い出せない。

 ただ、なにか。

 とんでもない焦りのようなものは感じている。

 俺の生きる場所はここじゃない。退屈な現代日本じゃなくて、もっともっとロマンに満ちた世界なんじゃないか。そんな中二病的な思考が頭を過り、俺はぶんぶんと首を振った。


「……蓮? どうかした?」


 朱音の眠たげな声。


「すまん。起こしちまったか」


「ううん」


 目をこすりながら体を起こした朱音。露わになった白い胸元を布団で隠す。


「またあの夢?」


「ああ」


「そう……」


 思わず自嘲の笑みが漏れる。


「馬鹿みたいだよな。今の生活が冴えないからって、他の世界に行って活躍する夢を見るなんてさ」


 たとえ現代日本を離れて異世界に行ったとしても、何かが変わるわけでもない。冴えない人間はどこへ行っても冴えないままだ。環境を変えれば今よりもっと人生がよくなるなんて、子供じみた幼稚な幻想に過ぎない。


「相変わらず卑屈だなぁ。蓮は」


 俯く俺の肩に、朱音の手が触れる。


「蓮の言うこともわかるよ。でもね、もし今とは違う場所に行って、そこで新しい人や物事に出会ったり、大変なことに挑戦したりして成長できたら、人生って簡単に変わると思う」


「朱音」


「蓮ならきっとそれができるんじゃないかな。だって、いざという時にはやる男でしょ?」


「買いかぶりすぎだ」


「そうかも。でもね、私は信じてるの」


「信じる? 何を」


「蓮の強さを」


 真っすぐな瞳で見つめられ、なんだか気恥ずかしくなる。先程まで熱い情事を繰り広げていたとは思えないくらい、初心な反応だったかもしれない。


「だから、ね? 蓮にはもっと自分に自信を持ってほしいな。これ、前にも言ったけど」


「努力する」


「それ、前にも聞いた」


「……約束する」


「よし」


 まったく。朱音には敵わないな。


「俺も変わらなきゃな。じゃないと、いつかお前に愛想を尽かされちまう」


「えー」


 朱音の小さな頭が、俺の肩にのせられる。さらさらの髪がくすぐったい。


「安心してよ。蓮が私を必要としなくなるまでは、ずっと一緒にいたげるから」


「……滅多なこと言うなよ」


 俺が朱音を必要としなくなるなんて、そんな日が来るわけがない。

 二年前からずっと、こいつは俺に尽くしてくれた。どんな時も一緒だった。辛い時はいつだって支えてくれたし、楽しい時はいつもこいつが隣にいた。大学に受かったのだって朱音が勉強を見てくれたからだ。

 この先、何があろうと俺が朱音を離すことはない。


「不安なんだ。朱音がいつか、俺から離れて行っちまわないかって」


「そう。じゃあちゃんと約束したげる。ほら、指出して」


「指?」


 人差し指を立てる。額を小突かれた。


「小指」


 ああ。そういうことか。

 改めて小指を立てると、朱音の小指がぎゅっと絡まる。


「私達、ずーっと一緒だよ? いい? やくそく」


「……ああ。約束だ」


「ゆーびきーりげんまんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます。ゆーびきった!」


 言い終えて、照れくさそうに笑みをこぼす朱音。

 なんというか。

 バカップルなのかな。俺達。


 でも、それで救われている俺がいるのも事実だ。

 この小さな幸せを、いつまでも守っていこうと思う。

 この先何が起ころうとも。

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