第403話 運命は巡る

 そう決意した矢先の出来事だった。


 休日。朝から朱音とのデートの待ち合わせに向かうため、俺は駅前の大通りをてくてくと歩いていた。

 大学に進学して実家を出てからは半同棲状態だったが、休日デート前日の朱音は必ずといっていいほど自分の家に帰っている。聞くところによると、一緒に家を出るより待ち合わせというデートの醍醐味を味わいたいとのこと。まぁ分からないでもない。ちと面倒だけども。


 信号にひっかかって立ち止まる。

 ああ、ここか。

 二年前、俺が女の子を助けようとして助けられなかった場所。

 何も考えていなかったせいか、嫌なことを思い出しちまうところに来ちまった。いつもはここを避けて歩いていたはずなんだけどな。


 溜息。

 ふとスマホで時刻を確認する。そろそろ待ち合わせの時刻だ。はやくこの横断歩道を渡ってしまおう。

 顔を上げると、横断歩道の向かい側に朱音の姿が見えた。彼女もこちらに気付いたようで、俺の顔を見た途端に破顔一笑する。真夏の太陽の下にふさわしい、眩しい笑顔だった。

 ぶんぶんと手を振る朱音に、俺も控えめに応える。

 赤信号がいつもより長く感じる。はやく青になれってんだちくしょう。

 やがて赤信号が青に切り替わると、朱音がこちらへと駆け出した。


 直後。

 時間の流れが、遅くなった。

 目に見える全てのものが、スローモーションのようにゆっくりと動いている。

 こちらへ走ってくる朱音。人の波。そこかしこにある電光掲示板。動き出す自動車。

 そして、今まさに横断歩道に突っ込んできた、猛スピードの大型トラックも。


「朱音ッ――!」


 考えるより体が動いていた。

 このままじゃ朱音はトラックに轢かれてしまう。

 ありえない。こんなことであいつを失うわけにはいかない。

 朱音を失えば、俺は今度こそ生きる意味を失う。


 全力で駆け出す。トラックはどんどん近づいてくる。

 くそ! もっと速く動け俺の脚!

 こんなんじゃ朱音を助けられないだろうが。


 全てがスローモーションで動く世界では、自分の体さえゆっくりとしか動かない。まるで泥の中にいるようだ。全身にかかる奇妙な抵抗がうっとうしい。

 朱音が近づいてくる。こいつはまだトラックに気付いていない。どこまでも屈託のない笑みで、俺の元に駆け寄ってくる。

 その間にも、大型トラックはどんどん近づいてくる。


 くっそ。だめだ。間に合わない。

 このままじゃ、俺と朱音は揃って轢殺されてしまう。

 また助けられないのか。

 俺はやっぱり、何もできない無能だったのか。


 けど。

 最期に見る景色が、朱音の笑顔でよかった。


 遅くなっていた時の流れが元に戻る。

 そんなことに気付く間もなく、俺と朱音はトラックに轢かれて即死した。


 その瞬間。

 俺は、すべてを思い出す。

 ロートス・アルバレスとしての生の、すべてを。


『ようやっと、思い出しおったか』


 どこか遠くで――いや、すぐ傍だったかもしれない――アカネの呆れたような声が、俺の心に響いていた。

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