第315話 この支配からの卒業
いまは余計なことを考えている暇はないか。
「うわぁ! なんどいや! いやじゃあ!」
なんの脈絡もなく、男が発狂し始める。
「なんなの? いったい……」
エレノアが戸惑うのも束の間、琥珀色の光を浴びた男の身体から、無数の棘が飛び出した。全身の肉が突き破られ、真っ赤な血をまき散らしている。
エレノアの悲鳴。
男はまもなく息絶えた。
「まじかよ……」
これは魔法なのか、スキルなのか。それとも神の力か。
どちらにしろ、俺達もあの光を浴び続けるとやばそうだ。
俺はエレノアの手を引いて建物の陰に隠れる。
「あの光に当たらないよう隠れながら進むぞ。場合によっちゃ死体を盾にするしかない」
「冗談でしょ? こんなわけのわからない状態で進むつもりなの?」
「退いたところで何が分かるわけでもないだろ。戻るにしてもある程度情報を集めておきたい」
「……わかったわ。けど二人だけじゃ危険よ。みんなが来るのを待たないと」
「いや。人数が多いと身動きも取りにくい。みんなが来るまでに少しでも状況を把握しておく。エレノアはここでみんなを待って、合流したら連絡をくれ」
「ちょっと。また一人で勝手なことをする気なの?」
「俺はまだいくらかクソスキルを持ってる。何回かは死ねるなら、安心しろ」
「どこをどう安心すればいいのよ……」
「頼んだぞ。行ってくる」
「ロートス!」
俺は陰から飛び出し、光を浴びないように臨天の間がある建物、いわゆる本丸を目指して走った。
チートによって向上した俺の身体能力は凄まじいの一言に尽きる。常人では考えられないようなスピードで移動できるし、最初からそれだけの速度を出せていたかのように慣れる必要がない。
だが、『妙なる祈り』で遮蔽物を作ったとしても、あの光を遮られる確証がない以上、もともとある陰に隠れていくのが無難だ。大切なのは、俺が心の底からイメージできるかどうかということだからな。
何事もなく本丸の手前までたどり着く。ここまで死体の山ばかりあったが、本丸前の広場だけは死体ひとつ転がっていない。
「不気味だな……」
門の陰から広場の様子を窺う。
特に何があるわけでもない。つまり光を遮るものもない。
(ようこそ、アルバレスの御子。まさか、またここにやってくるとはね)
頭の中に響く声。
「マシなんとか五世か」
俺はわざとらしく舌打ちを漏らす。
(憶えられないなら無理に俗名で呼ばずとも、好きな呼び方をすればいいじゃないか)
うるせぇな。
「サラに何をした」
(なにも。大切な女神の器。下手に触れるわけないじゃないか)
「ならその光はなんだ」
(我らが母。生命の女神ファルトゥールの復活が近いということさ。魔力の共鳴が起こっている。わかるかな? この感じ)
さっぱりわからん。
俺は鼻を鳴らす。
「神を超えるだとかなんとか抜かしやがって。結局ファルトゥールの手先じゃねぇか。全然超えてねぇよ。てめぇはゴミだ」
愉快な笑い声が響く。
何笑ってやがる。
(勘違いしてもらっては困る。神を超越するとは、紛い物の偽神エストの支配から脱し、我らが母の許に還るということ。僕はすでに母の一部となっている。肉体を捨てたのもそのためさ)
「マザコン野郎が」
(なんとでも言いたまえ。親不孝者くん)
悪いが俺の母親はファルトゥールじゃねぇしな。異世界人だからよ。むりやり義母になりやがって、許さんぞ。
「独り立ちさせてもらうぜ。マジで」
俺は広場に歩み出ていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます