第185話 次なる謎

「なるほど。それで、ダーメンズ家の皆さんがこちらにいらっしゃるのですね」


 ギルドでの一部始終を聞いたアデライト先生は、神妙な面持ちで、しかしどこか安心したように溜息を吐いた。

 コテージの中。壁に沿って立ち並ぶヒーモのメイド達のせいで、えらく部屋が狭く感じる。


「吾輩のおかげでロートスは勝利を手にできたし、先生の安全も確保できた。少なくとも今学期の成績は、多少色をつけてもらってもいいと思うけどね」


「ふふ。そうですね。ちょっとはえこひいきさせて頂きましょう」


 いいのかよ。まぁそれくらいは許してやるか。

 先生が教師を続けられるのも、ヒーモの助力があったからこそだしな。


「ともかく皆さんが無事でよかった。かなり無理をされたようですから」


 先生の顔は、どことなく疲れているようにも見える。


「もしかして、『千里眼』を使ってました?」


 俺の指摘に、先生はぺろりと舌を出す。


「ちょっとだけですけどね」


「……あのスキルはかなり代償が大きいでしょう。心配してくれるのは嬉しいですけど、わざわざ体調を悪くするようなことはやめてください。ただでさえ心労があるってのに」


 強力なスキルであるが故に『千里眼』の多用は健康に悪影響を及ぼす。できれば使ってほしくない。


「アディ。婿殿もワタシと同じことを言うだろう。観念するんだな」


 ソファに座る先生の後ろ。腕を組んで佇むフィードリッドがぶすっとした調子でそんなことを言った。母として、娘の体を慮っているのだろう。当然だ。


「もう、二人とも心配性なんですから。でも、そうですね。これからは気をつけます」


 呆れながらも嬉しそうに、アデライト先生は眼鏡を押さえて笑みを浮かべていた。

 次に口を開いたのはアイリスだ。


「このような話の後に言うのは大変心苦しいのですが、サラちゃんとメイド長の居場所を探すには先生の『千里眼』が不可欠ですわ」


 アイリスは先生を前にして人間の姿に戻っていた。『千変』をコピーし直したのだ。アイリスがコピーできるスキルは一つまで。一度捨ててしまうと、再び持ち主がそのスキルを使っているところを見ないとコピーできないようだ。


「もしよろしければ、わたくしが代わりに『千里眼』を使うこともできますが」


 ああ、そういうことも可能なのか。確かに二人で使えば、一人当たりの負担は軽くなる。

 だが、アデライト先生は首を横に振る。


「あれは皆さんが思うほど便利なスキルではありません。『千里眼』は場所を対象とします。一度訪れなければ視ることはできませんし、たとえ訪れていても現在地との地理的な関係を明確に把握しておかなければなりませんから」


 よくわからんが、けっこう限定されているってことか。


「じゃあ、サラとルーチェを探すのは難しいですか」


「心当たりがある場所を絞って頂けば、あるいは。私が視ることのできる場所にいてくれたら良いのですが」


 ふむ。

 目星をつけるなら、ヘッケラー機関だろうな。ギルドの仕業じゃないのだとしたら、そこくらいしか心当たりがない。


「まぁ待て。『千里眼』に頼らずとも、ワタシにいい考えがある」


 部屋の視線がフィードリッドが集まる。


「ギルドの憂いは断たれたのだ。すぐに王都へ戻ろうではないか」


「戻ってどうする?」


「ギルドの連中を利用するのだ。王国中に支部を持ち、仕事を欲しがっている輩が吐いて捨てるほどいるのだからな」


 なるほど。そういうことか。

 確かにいい意趣返しになるかもな。


「よし。すぐここを発とう。とんぼ返りになって悪いな、ヒーモ」


「かまうことはないさ」


 そう言うと思ってた。

 ところで。


「エレノアは、どうしてますか?」


 俺の質問は先生へと向けられたものだ。


「彼女でしたら、今頃エルフの里で魔法を学んでいるのではないでしょうか。従者の方が迎えに来られていましたけれど、おそらくまだ里にいるはずです」


 マホさんが戻ってきたのか。そりゃ安心だ。

 エレノアにはエレノアの道がある。あまり俺の問題に巻き込むのはよくないだろう。


「あの子が気になりますか?」


「いいや。今はサラとルーチェが最優先ですよ」


 やきもちを焼きかけた先生は、俺の答えを聞いてやはりジェラシーを感じているようだった。

 ま、こればっかりは仕方ない。

 危険な目に遭っていなければいいんだが。

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