第167話 俺に任せて早く行け

 思った通り、凍結したいくつかの歯車が砕け散る。巨大な歯車が粉々になって結晶となる光景は、神秘的とさえ言える。


「いいぞ。効いてる!」


 一気に半分以上の歯車をぶっ壊した。一つでも壊せばかみ合わなくなるだろう。楽勝だぜ。


(たしかに、今のは効いたよ)


 その声は、いやに余裕があるように聞こえた。


(ほんの少しだけね)


 砕け散って宙を舞う結晶が、まるで時間を巻き戻したかのように元の状態に戻っていく。数秒も経たないうちに、無傷の状態へと復元されていた。


「なん……だと……?」


 俺は驚愕する。

 こんなのアリかよ。


 俺も曲がりなりにも治癒魔法を学んだからわかる。こいつが元に戻ったのは、肉体の損傷を治すとか、物を修理するとか、そんな次元の話じゃない。

 俺は直感的に理解する。

 歯車には最初から傷などなかった。他ならぬマシなんとか五世が、そういう運命に書き換えたんだ。


「そんなんで怯むと思ってんすか? 一発でダメなら、何発でも喰らわせてやるっす!」


 ウィッキーが威勢よく魔法を放つ。


「イクスプロード・スーパーノヴァ!」


 輝く両手から発射されたのは、小さな小さな光の粒。それはゆらゆら舞いながら機械仕掛けの神に近づく。


「あれは……超最上級魔法の、イクスプロード・スーパーノヴァ? まさか現実に使い手がいるなんて……!」


 シーラが驚嘆の声をあげる。


「そんなすごい魔法なのか?」


 首肯するシーラ。


「伝説の中にしか存在しないと言われている魔法です。その威力は星をも破壊すると形容されるほどの、極大攻撃魔法なんです」


 そんなの撃って大丈夫なのかよ。巻き込まれないのか。


(素晴らしい)


 称賛の声。

 嫌な予感がする。こいつの声には、まるで危機感がない。

 いくら伝説級の魔法でも、効く気がしない。


 光の粒が、歯車に触れた途端、眩い閃光が臨天の間を埋め尽くした。耳をつんざく爆音、網膜を焼き尽くすような激しい光。

 俺は咄嗟に目と耳を塞ぐが、それでもかなり眩しいし、うるさかった。


 やがてそれが収まり、俺は目を開く。

 まるで最初から何もなかったかのように、機械仕掛けは消滅していた。それどころか、壁や天井の一部が綺麗になくなっている。機械仕掛けがあった空間にだけ、魔法の効果を限定したようだった。


「すごい技術」


 セレンが無感動な声で呟く。けれど、内心は感動しているはずだ。

 息を荒げたウィッキーが、ぐったりと膝をつく。


「はぁ……はぁ……もう魔力が空っぽっす」


 いや、よくやったウィッキー。

 直す間もなく全てを消し飛ばしてしまえば、さすがのあいつだって再生できるわけが。


(残念だったね)


 あったようだ。

 目の前の景色がぼやけたかと思うと、いつのまにかそこに歯車の羅列が復元されていた。


「うそ……だろ……?」


 俺はそれを呆然と見上げる。


(賛美に値する才能だ。その歳であんなものを撃てるとはね。だが)


 耳朶を打ったのは、呆れたような溜息だった。


(僕には通用しない)


 チート野郎が。クソだなこいつは。

 よくある無双系の主人公にドヤァされる敵役の気持ちが、今はよく分かる。


「打つ手なし」


 セレンも戦意を喪失しているようだ。

 ウィッキーは疲労困憊。

 シーラは未だ困惑したままで、俺達に加勢しようとはしない。


(さぁ、今度は僕の番だ。どれくらい持ってくれるのかな)


 やばい。

 ここは俺がなんとかするしかないぜ。


「セレン。ウィッキーを連れて逃げろ!」


 言うや否や、俺は歯車に向かって駆け出す。


「頼むぞ!」


 俺が時間を稼いでみせる。

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