第164話 MP5
シーラに誘われ、コッホ城塞の最上階にやってきた。
クソ長い螺旋階段を上り、脚が棒になっている。
「マシーネン・ピストーレ五世の居室である臨天の間は、この世で最も神に近い場所であると言われています」
「ふーん」
単純に高度の問題なんだろう。神は天にいるというのがセオリーだ。
「こちらです」
ようやくたどり着いた先、そこは金と銀、そして色とりどりの宝石で装飾された大扉であった。目が痛い。
「入れるのか? アポとってないけど」
「問題ありません。どうぞ」
シーラは扉に向かって手を伸ばし、両手で押し開けていく。巨大な蝶番の軋む音と、石造りの床を削る響き。ゆっくりと開いた扉の先には、縦長の大伽藍が広がっていた。
「広いな」
あまりに広いものだから、シンプルな感想しか出てこない。
俺達は奥へ奥へと歩みを進める。
「なにもないっすね」
「殺風景」
ウィッキーとセレンが似たようなことを口にする。
「マシーネン・ピストーレ五世には、衣も食も必要ありません。道具や娯楽も不要なのです」
「仙人みたいなやつだな。霞でも食って生きてんのか?」
「仙人というのがどのような人物かは存じ上げませんが、おそらくご想像されているようなものとは異なるかと」
「そいつは楽しみだ」
やがて大伽藍の奥に行きつく。
そこには大袈裟な祭壇と、その上に鎮座する機械。いくつもの巨大な歯車がかみ合って回る見上げるほどの機械仕掛けであった。
「なんだこりゃ、時計か?」
「これが、マシーネン・ピストーレ五世です」
機械仕掛けの前に立ったシーラが、こちらを振り向いてそう告げた。
俺は唾を呑む。
これがヘッケラー機関のトップだと? 人間じゃない。いや、それどころか生き物ですらない。
(――ますか?)
何だ。若い男の声が聞こえる。
(聞こえますか? 今あなたの脳内に直接語りかけています)
なんだって。
こいつ、脳内に直接?
俺は周囲をきょろきょろと見渡す。俺達以外には誰もいない。上も下もだ。
「ロートス。どうかした?」
挙動不審な俺を見て、セレンが寄り添ってくる。
「セレン、なんか声が聞こえるか?」
俺の目をじっと見て、セレンは首を横に振る。
「なにも」
「ウィッキーはどうだ」
「ウチもなにも聞こえてないっすよ?」
「シーラは」
「あたしにも聞こえておりません。おそらく、マシーネン・ピストーレ五世は主様だけに語りかけているのです」
この機械がか。冗談だろ。
(ようこそアルバレスの御子よ。よくここまで辿り着いたね)
人のよさそうな、胡散臭い男の声。声だけで、顔に貼りついた薄ら笑いが見えてきそうだ。
「お前がマシなんとか五世か」
俺は一歩前進し、巨大な歯車を見上げる。
(機関の皆は僕をそう呼んでいる。けれど、名前なんてどうでもいいんだ。呼びたいように呼べばいい)
「お前は……なんなんだ?」
魔法の産物か。それとも神なのか。はたまた、もともとこういう存在なのか。
脳内に含み笑いが響く。
(僕は生物の枠を超越した。この機械の身体は、僕の本質を物体として表したものに過ぎない。すべては神に近づき、神という存在を超越するためだ)
「もっとわかりやすく説明しろ」
言い方が回りくどいんだよ。
(精神だけの存在。概念としての意思。それが僕だ)
意味不明。
(僕にかかれば、この世のあらゆる事象を操作することもできる。運命を操ることで、この世の真理さえ超越できるんだよ)
よく分からないが、こいつはいわゆるデウス・エクス・マキナってやつなのかもしれない。
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