第163話 リズムにのるぜ
「ちょっと待て」
ここでフェザールが口を挟む。
「その獣人の娘が、シーラをあんな目に遭わせたのか」
彼の目は驚き一割、困惑二割、怒りが七割といったところ。
まぁ、そうなるわな。
フェザールの怒気に晒されたウィッキーは俺の背中に隠れようとして、それを思いとどまった。
えらいぞ。過去の過ちから逃げようとしないその姿勢。すごい。
「気持ちはわかる。フェザール」
「なに」
「けどウィッキーも機関の研究員にひどい扱いを受けてたんだ。獣人だという理由だけで」
「当然だ。スキルを持たない獣人に人権などないのだから」
「今はその認識の是非を問うつもりはない。けど、ウィッキーはエリクサーを手に入れるために力を尽くしてくれた。贖罪のためにも」
「……そうなのか」
跪いていたシーラが再び立つ。そして、父に歩み寄った。
「パパ。あたしのことはいいの。『ツクヨミ』で悠久の時を彷徨うことには意味があった。あの出来事は起こるべくして起こった、いわゆる運命だったのよ」
「シーラ。だが」
「ウィッキーがいなかったら、あたしは自分の使命を自覚することもできなかった。たしかに『ツクヨミ』はあたしにとって毒だったかもしれない。けれど今は、あれは実は薬だったと断言できるわ。ほかでもないエリクサーが、そうしてくれた。そしてあの秘薬を取ってきてくれたのは、ここにいるみんなでしょう?」
まったくその通りだ。
フェザールはしばらくじっと黙り込んで、それからコーヒーを一口すすった。
「頭ではわかっている。だが、俺には時間が必要だ」
正直、フェザールに対してウィッキーを許せというのは虫のいい話だ。自分でもそう思う。
けどな、俺としてはウィッキーが恨みを買ったままなのは後味が悪いし、いつまでもしこりが残る。それはウィッキー自身も同じだろう。
心に一区切りつけるのは、双方にとって大切だ。
「気持ちに整理がつけば、また会いに行くとしよう。しばらくは、一人で仕事に専念しようと思う」
「ああ、それで十分だ。ありがとう、フェザール」
「キミには恩がある。エリクサーだけじゃない。エルフの里で俺の命を救ってくれた」
「大したことじゃない」
俺が言うと、フェザールは笑いながら立ち上がり、カフェテリアを出ていこうとする。
「シーラ。後で話そう」
「うん。パパ」
フェザールの背中を見送り、俺は一息つく。
「ロートス。ありがとうっす」
ウィッキーは俺の腕を抱き、頭をすり寄せてきた。
「気にすることはない。誰しも過ちを犯すことはあるさ」
「……うん!」
ウィッキーは破顔する。後ろめたい気持ちもあるだろう。それなのにこんな顔ができるのは、一重に俺のおかげに違いない。俺の株爆上がりだなこれは。
「さて」
喜んでばかりもいられない。やることは終わっていないんだ。
「シーラ」
「何なりと」
「俺が機関の幹部に会うことはできるか?」
跪いたシーラは、ゆっくりと頷いた。
「あたしがお取次ぎいたします。ヘッケラー機関の最高指導者である、マシーネン・ピストーレ五世に」
「いいね」
渡りに船とはこの事だ。
やることなすこと。いい方向に働いている気がする。
俺は今、完全にリズムに乗っているな。
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