第158話 これはまるで
「ついたっすよ」
昼を過ぎた頃、ウィッキーが馬車を停止させた。
魔法によって強化した馬は、休みなしで長距離を走ってくれた。大体東京から名古屋くらいの距離だろう。
「ここは……」
馬車を降りると、目の前には大きな河が広がっていた。
日本にあるようなちんけなものじゃない。まるで海のような、例えるなら中国の黄河、長江、あるいはチグリス・ユーフラテス川、もっと言えばガンジス河のような感じだ。見たことないけど。
「ここを渡るのか?」
船とかどうすんだろ。
「違うっすよ。ここが機関のアジトっす」
「ここが?」
どう見てもただの河だが。
「このヘッケラー河の底に入口があるんすよ」
「ヘッケラー河にあるからヘッケラー機関なのか?」
「そういうことっす」
なんとも安直なネーミングセンスだ。
ウィッキーは河のほとりに立ち、懐からあるものを取り出した。懐中時計のような形をした何かだ。
それをかざすと同時に、川に異変が訪れる。
なんと長大な河に亀裂が入り、一部だけが不自然に干上がったのだ。
「なんだこりゃ」
魔法がある世界だから何が起きても不思議ではないが、実際これを目にした俺はかなり意表を衝かれた。
「まるでモーセだな」
海じゃなくて河だけど。
「あそこを見るっす」
ウィッキーが指さした先。干上がった川底に、なにやら人工物が見える。赤い魔法陣が描かれた石の円盤だ。
「あの上に乗れば、機関のアジトへ転送される仕組みになってるっす」
なるほど、そういうことか。
「いよいよだな」
俺は柄にもなく緊張していた。
「二人とも、これを着るっす」
そういってウィッキーが馬車から取り出したのは、漆黒のローブ。ウィッキーとお揃いのやつだ。
「これは機関の制服。これを着ていれば、変なことしない限りはバレないだろうっすよ」
「おお、助かるぜ」
俺とセレンはローブに袖を通し、目深にフードをかぶった。
「よし、行こう」
俺達は川底の魔法陣へと向かう。
気分はまるでモーセだな。
裂けた河を歩く最中、ウィッキーが俺の腕にしがみついてくる。
やはり不安なのだろう。裏切者だからな。バレたら殺されるのは確実だ。
セレンも俺のローブを摘まんでいた。得体の知れない組織の本拠地に行くのだから、そりゃ怖いだろう。
俺だって怖いし不安だ。歩いているからわかりにくいが、脚だって震えている。
でもな。行くんだよ。
自分の為じゃない。アデライト先生とフィードリッドを救う為に。
勇気を振り絞るんだ。
俺は誰よりも先に魔法陣に足を踏み入れる。
「俺はもう腹を括ってる」
二人が俺の顔を見る。
彼女達は俺の表情に男の覚悟を見たのだろう。ウィッキーは少し安心したように微笑み、セレンは無表情のまま小さく息を吐いた。
いざ、ヘッケラー機関へ。
魔法陣を踏んでまもなく、目の前が赤く染まる。魔法陣が赤い光を放っているのだ。
そして、視界は赤く明転する。
次に視界がはっきりした時、俺が立っていたのは空の上であった。
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