第159話 コッホ城塞
「ここは?」
空の上というのはもちろん事実であり、同時に比喩表現でもある。
正確には、空高くに浮かぶ巨大な城だった。
「ヘッケラー機関の総本山。コッホ城塞っす」
ウィッキーが呟くように教えてくれた。その声は緊張感に満ちている。
俺の目の前には石造りの城がそびえている。背後には空が。足を踏み外せば真っ逆さまに落下しそうだ。
「安心するっす。この浮遊島の外へは歩いて行けないようになってるっす。落ちる心配はないっすよ」
浮遊大地。なるほど、魔法か何かの力で、大地ごと浮かせているということか。
「ロートス、セレン。堂々としておくっす。変にきょろきょろしないように。逆に怪しまれるっすから」
「ああ、わかってる」
「潜入の基本」
目指すは責任者だ。機関の協力を仰ぐには、下っ端と話しても仕方ない。
あるいは、フェザールに取り次いでもらうのがいいかもしれない。が、あいつがどこにいるのかはわからないからな。
「とにかく中に入ろう」
こんなでかい城に入れるなんて――そんな余裕はないと分かっているが――すこしワクワクしてきたな。
俺達は城の内部へと脚を踏み入れる。長い大階段を上り城門をくぐる。
「おお」
外壁に囲まれた前庭を多くの人影が行き交っていた。その全員が漆黒のローブを纏っている。まさしく漆黒のローブを纏いし者どもだ。
数十人はいる。これが全員ヘッケラー機関の構成員か。
「ヘッケラー機関って、どれくらいの規模なんだ?」
「正確に把握してるわけじゃないっすけど、大体一万人くらいいるはずっす」
「多いんだな。秘密結社のわりに」
「そうっすね。機関の信条は多数精鋭っす。一人一人が各分野のエキスパートっすよ」
「ふーん」
そいつは期待できそうだ。協力してくれたらの話だが。
ふと、セレンが俺の袖をちょいちょいと引っ張った。
「どうする? このままボスのところにいく?」
「……いや、アポなしで突っ込んでも話を聞いてくれるとは限らない。むしろ排除されかねないだろうな。なにせ侵入者だし」
俺は雲一つない空を仰ぐ。ここは雲の上だから、そもそもいつも雲はなさそうだ。
「やっぱりここはフェザールを探そう。できればシーラのことも確認しておきたいしな」
「わかったっす。でも、あいつがどこにいるか、わかんないっすよ」
そんなもん。
「聞けばいいんだよ」
「え? あ、ちょっとロートス。何するつもりっすか」
ウィッキーの小さな叫びを無視して、俺は近くを歩いているローブの人影に声をかける。
「なぁあんた、ちょっと」
「ん? なんじゃい。こっちは急いどんじゃ」
「聞きたいことがあるんだけど」
「じゃあ早よ言え」
「ちょっと前にフェザールが戻ってきてるはずなんだけど、どこに行ったか知らないか」
「フェザール? 懲罰部隊のフェザールかいや?」
たぶんそうだろう。俺は頷く。
「知らんわいや……いや、ちょっと待て」
「待つとも」
「あいつはいつも養護室にいるんじゃいや。いってみたらええんじゃ」
「養護室か。サンクス」
「おう。気にせんでええんじゃいや」
そう言って、男はそそくさとどこかへ行った。
なるほど、養護室か。たぶんそこにシーラがいるんだろう。
「まったく……無茶をするっすね」
呆れたような声のウィッキー。
「堂々としてろって言っただろ」
「そうっすけど……突っ走るというか考えなしというか」
「それがロートスの長所であり短所」
うむ。セレンはよくわかっている。
さすがは王女様だな。人を見抜く力があるのだろう。スキルも『ロックオン』だしな。
「ウィッキー。養護室に案内してくれ」
「こっちっす。ちょっとだけ歩くっすけど」
俺達はウィッキーの先導で、養護室へと向かった。
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