第37話 自分が何をやったかわかっているのか

 サラはゆっくりと両腕をハの字に広げる。聖母マリアっぽいポーズだ。そして仄かな白い光を纏い、深く息を吸い込んだ。


「ディスペル」


 サラが呟くと、口元を中心に光の球体が広がった。それは洞窟全体に広がり、地面、壁、天井に浸透していく。

 簡単な補助魔法なら使えると言っていたが、これはどのくらいの魔法なんだろう。さっぱりわからん。


 白い光がしみ込んだ洞窟は、ぽろぽろと粒子になって崩れていく。


「お、おい」


 大丈夫なのか、これ。


「安心してください。幻が消えているだけです」


 サラの纏う光が消える。

 次の瞬間、深い洞窟は瞬時にしてだだっ広い洞穴に変わった。


「まじか」


 背後には入口が、前方にはメダルの台座がある。


「つまり俺達は、この洞穴を迷路だと勘違いしていた?」


「そういうことですね。そしてその元凶が――」


 サラは上を向く。俺も。

 洞穴の天井一面に張り付いた、コウモリ達。


「なるほど」


 弱いモンスターが多く出現するって先生が言ってたな。つまりこういうことか。戦闘力は大したことないが、搦手を用いてくる。


「それで、どうする? このままメダルを頂くか? ボスモンスターが出てきていないけど」


「どうでしょう? 今までの感じからして、ボスがいてもおかしくなさそうですけど」


「そうだな……いずれにしろ、取りに行くしかないか」


 俺はメダルの台座に近づいていく。警戒は怠らない。天井のコウモリ達の視線はすべて俺を追いかけており、非常に気味が悪いことこの上ない。


「こいつらが一斉に襲い掛かってきたら……」


「ご主人様。怖いこと言わないでください」


 俺は恐る恐る台座の前まで辿り着くと、そっと手を伸ばした。


「これ取ったらコウモリが動き出すとかないよな?」


「だーかーらー。怖いこと言わないでくださいってばっ」


 俺はメダルを掴む。


 そして。


「わあッ!」


「きゃあっ!」


 俺の服を掴んでいたサラを脅かしてみると、思った以上に驚いた。可愛い悲鳴をあげ、頭を抱えてうずくまる。


 同時に、天井のコウモリ達が一斉に飛び立ち、洞窟内を飛び回る。


「なんなんですかご主人様っ! 何がしたかったんですかっ!」


「ちょっとしたイタズラだ」


「ちょっとじゃないですっ! こんなのどうするんですか!」


 バサバサと飛び回るコウモリ達。


 実は妙案があるのだ。


 俺は懐からビンを取り出すと、中のスライムを放り出した。


「喰い尽くせ」


 地面に落ちたスライムはぷるぷると震えると、急激に体積を増し、洞窟内を満たす。


「これって……」


 サラが顔をあげる。


「腹が減ってんなら、こいつらを食わせてやればいいんじゃないかってな」


 たぶん、強欲の森林にモンスターがいなかったのは、こいつが食らい尽くしたからだと思うのだ。こんなにたくさんのコウモリ型モンスターがいるとなれば、スライムの奴もお腹いっぱいになるはず。


 案の定、スライムは瞬く間にコウモリを取り込み、消化してしまった。


「おお、すげぇ」


 半透明のスライムの中でコウモリが消滅していく光景は、なんとなく生命の神秘を感じる。


 やがて、すべてのコウモリはいなくなる。スライムは満足げに震えると、もとの大きさに戻って俺の足下にやって来た。


「ほら、戻れ」


 俺がビンを置くと、大人しくその中に入っていく。


「意外とあっさり終わったな」


「どこがですか……わざわざモンスターを刺激するような真似をして」


「結果オーライだ」


 正直スライムの空腹問題も懸念はしていたからな。これで後顧の憂いは断たれたってわけだ。


「さぁ、戻るぞ。難なく試験クリアだ」


「もぅ……」


 サラは不満そうだったが、俺は満足だった。

 これくらい簡単なダンジョンなら、ちょうどいいクラスに配属されるだろう。


 俺の目立たないライフが、やっと始まるんだなぁ。


 俺は軽快なステップで学園への帰路につく。

 体は疲れていたが、心は軽かった。

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