第5話 最後の夜

「なによ。暗いわねぇ」


「いいだろ別に。今日くらいは好きなだけ落ち込ませてくれよ」


「はいはい。今日だけね」


 エレノアは呆れたように呟くと、俺の隣に腰を下ろした。


 彼女が昔からこうだ。何かにつけて、俺に関わろうとする。

 どうして俺のことを気にかけるのかはわからない。同じ歳だからかもしれないし、お隣さんだからかもしれない。

 超絶美少女のエレノアは、村の男達から絶大な人気を誇っている。同年代ばかりではない、一回りも二回りも離れた男からもひっきりなしに嫁入りの話が来ているのだ。


 いい加減にうんざりしていた彼女だったが、それも先月で鳴りを潜めたようだ。

 それもそのはず。神スキルを手に入れたエレノアと釣り合う男など、この村にはいない。スキルを手に入れる前に恋仲になっていれば望みはあったかもしれないが、その機会はすでに失われてしまった。


 そしてそれは、俺も同じだ。


「そろそろ帰れよ。おばさん達が心配するぞ」


「なによ。せっかく人が励ましに来てあげたのに」


「余計なお世話だ」


 俺とて、エレノアに好意を抱いてないと言えば嘘になる。彼女のような美少女が恋人であったなら、人生はより豊かなものになるだろう。


 しかしそもそも、俺は目立ちたくない。

 エレノアと付き合うことは目立つことと同義であり、だからこそ俺は彼女への好意をそっと胸にしまい込んだのだ。


「私ね、王都の魔法学園に行くことになったの」


「え?」


「ほんとはもっと前から決まってたんだけど、ロートスと離れるのがイヤで、伝えるのが遅くなっちゃった」


 驚くことではあるまい。『無限の魔力』はこの世界でも最も魔法に適したスキルの一つ。魔法学園に通わない方がおかしな話なのだ。


「いつからだ?」


「来月にはもう村を出るわ。こうして一緒にいられるのもあとちょっとなの。だからね、その……あんまり邪険にしないでくれるかしら」


 エレノアは落ち込んだ表情で、しかしぎゅっと眉を吊り上げて俺を見た。

 彼女も寂しいのだろう。生まれ育った村を出て、一人見知らぬ王都で暮らすのだから。


「わかった、わかったよ。隣にいればいい。今日だけな」


「ありがと」


 俺たちは肩を寄せ合う。彼女の長い髪が首筋に触れてくすぐったい。


「ねぇロートス。私と一緒にいれて、嬉しい?」


「ああ、嬉しいよ」


「これからもずっと一緒にいたい?」


 俺は思わずエレノアを見た。

 目を合わせず、空に目線を固定したままの横顔。


「……質問の意図がわからないな」


 どう答えたものか。気の利いた返しを思いつかなかった俺は、そんなことしか言えなかった。


「いくじなし」


 それっきり、俺達は黙ったまま沈みゆく夕陽を見つめていた。

 空に月がのぼり、星の輝きが灯るまで。


 たぶん、これが最後になるだろうから。

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