第11話 武闘競技祭、開始

 闘技場の真ん中に入りするアリーナを駆けまわる俺とウォード先輩、そして2人の対戦相手。

 先輩が矢を放つたび、そして敵が攻撃を仕掛けてくるたびに会場全体から歓声が沸き起こる。


 俺は敵の攻撃が当たらないよう必死で逃げ回っていた。

 敵チームの1人が跳躍して俺との間合いを一気に詰めてくる。

 そして拳を突き出してくるが、体を回転させてぎりぎりのそれをかわし敵との間合いを取り直す。


 結局、『透過』の能力をマスターすることができなかった俺は、先輩の援護をすることが出来ず、相手にダメージを与えることも出来ず、ただ無様な姿を晒す羽目になってしまった。


 もう帰りたい…。


 他の3人とは圧倒的な実力差があり、なす術が無い俺に観客が苛立っているのが俺にもわかる。

 観客席からは怒声やヤジがたくさん聞こえてくる。


「お前も戦えー!」

「逃げてんじゃねーよ!」

「だから英雄(笑)なんか出すんじゃねーって言っただろ!」


 観客はかなりエキサイトしてしまっている。

 1人で戦っている状態のウォード先輩もかなりつらそうな表情だ。


 もうダメだ…。

 俺には何もできない。

 そもそもなんで俺なんかがこの場所にいるんだろう。


 そう思ってしまったが最後、俺の足は止まりアリーナのど真ん中でただ呆然と立ち尽くしてしまった。

 そしてすぐそこまで相手は迫ってきていた。

 完全に戦意を喪失した俺。


 無力で戦意のない俺にも相手は容赦なく殴りかかってくる。

 俺はそれを避けようともせずにただじっと見つめていた。


「月城君っ!!」


 相手の拳が俺の手に当たるまで数センチ――。



 ~~~~~~~



 体に伝わってくる振動で俺の意識はぼんやりとした状態から徐々にはっきりしていく。

 そして完全に目が覚め、周りを見てみる。俺の周りには眠ってる生徒や本を読んでる生徒など数人がいた。


 今のは…、夢か…。


 そう気づき少しほっとした。


 それにしてもなんて縁起の悪い夢なんだ…。

 まさか正夢になったりはしないよな。


 そう願いながら俺はゆっくりと体を起こす。


 今日は『武闘競技祭』の当日。

 俺たちは昨夜のうちに『武闘競技祭』の会場がある街、『王都ヴォルマ』に到着した。


 この国の真ん中には王都があり、そこを囲むように東西南北にそれぞれ群都市というのがあるらしい。

 俺が召喚されたのは『アステリア』という王都の南側にある群都市らしい。

 この群都市っていうのがよくわからないけど、俺の中では都道府県みたいなものと解釈してる。

 つまり俺は『アステリア県』在住って感じになる。


 今回、会場入りするのは教員2人と代表生徒10人だけだ。

 会場入りするメンバーに選ばれて喜ぶ人、安堵する人、そしてメンバーから外れてショックを受ける人など様々だった。

 そしてなぜか俺は会場入りするメンバーに選ばれてしまった。


 そのことについて色々と言われてるようだけど俺にはどうすることも出来ない。

 今回のメンバーのうち、俺が知ってる人はエイン・パーカーとウォード先輩だけだ。残念ながらリヴィは選ばれなかった。


 『武闘競技祭』は各都市で中継放送されるらしく、それを見る人もいれば、自費で会場に来て観戦する人もいるらしい。

 この各都市の威信をかけた戦いは、この国の一大興行だそうでほとんどの人が現地か中継で観戦するらしい。


 今回の競技形式だと出場するのは5人だから俺が選ばれることは無いと思うけど、なんか緊張してあんまり眠れなかった。

 今は宿を出て馬車で会場まで向かってるんだけど、つい睡魔に襲われてウトウトしてしまっていたみたいだ。


 なんかソワソワしてしまい落ち着かないので外の景色を眺めてみる。

 『武闘競技祭』の当日ということもあり、かなりの人で今いるところはにぎわっていた。

 どれくらいの間、ウトウトしてしまってたかはわからないけど、もうすぐそこには今回の会場となる『ラーマスタジアム』が見えている。

 スタジアムという名前だけど見た目はあんまりスタジアム感はしない気がする。どちらかと言うとスタジアムというより闘技場って感じでコロッセオに似てる気もする。

 この闘技場の由来は昔に活躍した英雄の名前からきているらしい。

 たしか『剣聖ラーマ』って言ったかな。


 馬車が通ると道の端の方からかなりの声援が聞こえてくる。

 どれだけみんなから期待されてるのかが嫌というほどわかってしまう。

 だからこそ、さっきの夢が正夢にならないことを願うばかりだ。


 馬車が『ラーマスタジアム』の前に到着すると、まず教員が降りて続いて俺たち生徒も降りた。

 馬車の前には案内係の人が待っていて俺たちはその人に続いて闘技場内に入って行く。


「期待してるぞー!」

「今回も頼んだぞ!」


 馬車を降りてから闘技場に入るまでの、たったの10秒くらいの間にもすごい声援が送られてきた。

 盛り上がりとしてはオリンピックやワールドカップの同じくらいかもしれない。


 闘技場内に入った俺たちは選手控室に通された。

 中には大きめのロッカーや豪華なテーブルやふかふかなイスがあり、この設備からも待遇の良さが窺える。

 こんだけ設備に金を使ても元を取れるくらい『武闘競技祭』は人気なんだろう。


 生徒がイスに座ったところで男性教員のバッカス先生が今回の『武闘競技祭』についての説明を始めた。


「演習授業の時にも何回も言ってたからわかってると思うが、今回のルールは三対方式だ。それで対戦相手は『エストゥル』になる」


 今回のルールの三対方式というのは、2対2のデュオ形式が2試合と1対1のソロ形式が1試合の合計3試合で勝敗を競うルールだ。

 そして対戦相手は『エウトゥル』という群都市らしい。この街はたしか王都の東側にある群都市だった気がする。強いのかどうかはわからない。

 バッカス先生はさらに続ける。


「今回の会場の『ラーマスタジアム』は岩場ステージだ。かなり高い岩場もあるから死角を作りやすい。これをいかに上手く使うかがポイントになってくる」


 なるほど。

 更地で戦うわけじゃないのか。


「出場選手はすでに決まっている。今から発表するぞ」


 出場選手を発表するとなった瞬間、控室に緊張が走る。

 みんな不安そうな顔や強張った顔をしてバッカス先生のことを見つめる。

 そんな中でも変わらずに平常心でいる生徒が2人ほどいた。

 1人は俺だ。

 俺なんかが選ばれないことはわかりきってる。

 もう1人、結果がわかりきっている生徒がいる。


「まずはソロだが、パーカー。お前がソロの選手だ」


 まあそうだよね。

 俺らの群都市のエースらしいしね。

 ムカつくけどこいつが選ばれないわけがない。


 当の本人を見てみると、超絶リラックスモードでイスの上でふんぞり返ってる。

 自分の実力に自信があるのはわかるけど、さすがに態度デカすぎでは?とさえ思ってしまう。


「続けてデュオだが、第一試合はグロンズ、ウィリアス、お前たちだ」


 このグロンズ先輩とウィリアス先輩は2人とも3年生の男子だ。

 かなり強いみたいだけど正直俺にはみんな強く見えるからよくはわからない。


「第二試合はウォード、月城、お前たちだ」


 ……。


「!?」


 驚きのあまり声にならない声を上げてしまった。

 でもそれくらいの衝撃発言が先生から飛び出した。

 なんで? ねえ、なんで?

 さすがに意味わかんないんだけど!

 俺がベンチ入りしてる時点でもう意味わかんないのに、なんでさらに意味わかんないことすんの?


「へえー、そこの新米英雄も選手なのかよ。英雄(笑)とか言われてるみたいだけど大丈夫なのか?」


 大丈夫じゃねえよ!

 俺が一番不安だわ!


 こればっかりはパーカーが嫌味を言うのも納得できてしまう。

 だって俺も同じ意見だもん。

 まあそれをはっきり言えるのはパーカーだけだろうけど、きっと他の生徒も同じことを思ってるだろうよ。


 そんなみんなの意見を代表した感じになったパーカーのことを先生は少し強めの口調で注意する。


「メンバー決めは学園長とも相談して決めてるんだ。あんまり勝手なことを言うな」


「なんだよ、あいつが決めてんのかよ」


 多少文句を言いながらもパーカーは学園長の名前が出たとたんおとなしくなった。

 パーカーをおとなしくさせられるなんて一体学園長は何者なんだろう。

 ていうかあの人なら俺のことを選手に選びそうな気もする。何となくだけど…。


「もうすぐ開会式が始まるから、みんな移動して」


 今まで黙っていたコロリス先生が口を開いた。

 とりあえずみんな思うところはありそうだけど、開会式に出席するべく控室をあとにした。




 俺たちベンチ入りメンバーは『ラーマスタジアム』の観客席のさらに上にある関係者席に座り開会式が始まった。

 少し離れたところに『エウトゥル』のメンバーらしき人たちも座っている。

 フィールドをぐるりと囲む観客席は満員でパッと見では空いてる席が見当たらない。

 俺らが座る席とは反対側にはVIP席のみたいなのがあり、そこに国王らしき人が座っている。


 闘技場中から歓声が聞こえてくるが国王が立ち上がりみんなから見える位置まで移動してくると、歓声はやみ一瞬で静かになった。

 なんかザ国王みたいな見た目だ。

 しいて言うならトランプのキングとして描かれてそうな感じだ。

 そんな国王が口を開いた。


「国王のアレクサンドル・マーティン・グスタフスだ。今回もこうして『武闘競技祭』を開催できることをうれしく思う。各群都市の威信を懸けた戦いに大いに沸いてくれたまえ)。それでは、『武闘競技祭』の開催をここに宣言する!」


「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」


 闘技場内だけじゃない。外からも歓声が沸き、まるで地鳴りみたいに振動が伝わってくる。

 国王は開会宣言をし終えると自分の席まで戻っていく。

 そして国王と入れ替わるように貴族服みたいなのを着た人が出てくる。

 たぶんあの人が進行役なんだろう。


 進行役が話し始めてから諸注意や今回のルールについての説明があったけど、なんだか色々と凄すぎてほとんど話が頭に入ってこずにボーっとしてしまっていた。

 なんとなく観客席を見てみたり、フィールドを見てみたりしてるうちに開会式は終わってしまい早速デュオの第一試合が始まるということで、グロンズ先輩とウィリアス先輩は席を立ちフィールドの入口へと向かっていく。


「頑張れよ!」

「お前たちならいけるぞ!」


 仲間の声援の中、2人は送り出される。

 俺も心の中では声援を送るけど、口に出したら「偉そうにすんな」的なこと言われそうなので口には出さないでおこう。


 ふと相手側の席を見てみると、こちらと同じように声援の中、2人の生徒が送り出されているようだった。

 相手の第一デュオもなんかかなり強そうな気がする。

 かなり背が高い男子生徒と、水色っぽい色のツインテールの女子生徒だ。


 俺は送り出されていく両チームの第一デュオを見てふと思った。

 第一デュオとソロのどっちも勝てば第二デュオまで回ってこないで終わるんじゃないか?

 頼む!

 なんとしても勝ってくれ!


 心の中で力を込めて祈っていると、ガチガチになってるように見えたのかウォード先輩が声を掛けてきた。


「大丈夫よ。あなたは強くなったわ。自分を信じて」


 優しい笑みを浮かべながら俺の目を見てそう言ってくれた。

 先輩にそう言われると少しは頑張れそうな気がするけど、残念ながら自分のことは自分が一番よくわかってる。


 せめて『透過』の能力をマスターできてれば…。


 そう思い強く握った自分の拳を見てみる。

 しかし自分の拳を見ても何も起こらない。


 すると俺の拳に柔らかな感触が伝わってきた。

 俺の拳にウォード先輩の手が添えられる。

 普段はかなり頼りになるが手のひらは小さく真っ白だ。

 こうして見てみるとやっぱり女子なんだなと思う。


「一緒に、頑張りましょう」


 先輩…。

 なんて優しいんだ!

 ここまで言われてくよくよしてられるか!


「はい! 絶対勝ちましょう!」


 俺は決意を固めフィールドの方を見てみると、ちょうど両チームの第一デュオが出てきたいた。

 お互いに臨戦態勢になる。

 もう準備OKというのが見てわかる。


 進行役の人が前に出てくるとザワザワしていた観客席がまた静まり返った。


「これより、『武闘競技祭』三体方式、第一デュオの試合を開始する」


 進行役の人がそう言うと、闘技場内に鐘の音が響き渡った。

 これが開始の合図なんだろう。

 静まり返っていた観客席から開会宣言の時よりもさらにすごい歓声が沸いた。


 両者は鐘の音が鳴るとともに動き出した。

 きっと物凄い戦いが繰り広げられるんだろう。


 さっきはウォード先輩に手を添えられてついカッコつけてしまったけど、やっぱり俺たちに回ってこないでほしい。

 頼むぞ! 2人とも!


 こうして『武闘競技祭』は幕を開けた。

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