第10話 ムカつくエース

 午前の座学を終えて昼休みを終えた時間帯、闘技場にはたくさんの生徒が集まっていた。

 1年から3年までの3学年のエリートクラスである1組の生徒全員がここに集まっている。

 ざっと見ただけでも50人はいそうだ。


 現状では、この中で俺は断トツで弱い。

 確かめたわけじゃないけどみんなの動きを見たら俺とみんなとのレベルの違いなんて一目瞭然だ。


 昨日、ウォード先輩とリヴィと一緒にダンジョンを周回して、やっと能力?をゲットしたんだけど詳しいことは何もわからないままだ。


「今日から先週よりもっと厳しくなるから覚悟しといた方がいいよ」


 俺の隣にいる少女、リヴィがそう言ってきた。

 リヴィは既に経験してる分、俺よりは余裕があるんだろうけど、そんな風に言われてしまうと逃げ出したくなっちゃう。


 周りを見てみてもみんな普通に談笑している。

 嵐の前の静けさというやつだろうか。

 別に静かなわけじゃないけど…。


 そんな感じでみんないつも通りに過ごしていると、時間になったのか2人の教員が闘技場に入ってきた。

 ムキムキのザ体育会系の男性教員と20歳くらいの肩にかかるくらいの長さの茶髪の女性教員だ。

 演習授業では毎回見ているけど、未だに名前は知らないままだ。もしかしたら1回聞いたのかもしれないけど全く記憶に残っていない。


 まあ俺があの教員の名前を呼ぶ機会なんてほとんどないから知らなくても困らないけどね。

 元々学校でも先生のことは先生としか呼んでなかったし。


「いよいよ『武闘競技祭ストラグル』まで1週間をきったわけだが、会本部から今回の競技形式が発表された。今回は三対方式だ」


 …さんたい?

 何ですか?それは…。


 俺がまだ『武闘競技祭』について何も知らないのを忘れているのか、それとも俺のことなんてスルーしてるのかわからないが教員の話はさらに続いていった。


「それではソロ組は俺の方に、デュオ組はクロリスのところに集まれ」


 男性教員にそう言われてみんな一斉に動き出す。

 そんな中で俺は何もわからないずにただその場に立ち尽くしていた。

 

「悠翔はどっちなんだろう」


 リヴィだけが俺が困ってるのを察してくれたけど、彼女も俺がどうすればいいかはわからないようだった。

 教員に聞くしかないかと思いとりあえず割かし近くにいる女性教員、クロリス先生だっけ? に視線を向けてみると何やらウォード先輩と話しているようだった。

 ちょうど話が終わったのか先輩はクロリス先生に背を向けるとキョロキョロしだした。そして俺と目が合うと俺の方に駆け寄ってきた。


「月城君はデュオ組だそうよ」


 俺のことについて聞いてくれてたのか。

 めっちゃありがたい。

 ダンジョンで散々お世話になってるのにここでもお世話になるなんて。


「じゃあ私はソロ組だから」


 そう言ってリヴィは男性教員の方へと行ってしまった。

 俺はデュオ組か…。

 デュオって2人だよな。

 どうせ足を引っ張っちゃうからできればソロの方が良かったな。俺とペアになった人なんて罰ゲームじゃん。


「そんなに強張らないで。私がペアだから」

「!?」


 マジで言ってんの!?

 俺のペアがウォード先輩とか責任重大じゃん!


 さらに気が重くなってしまった。

 とはいえとりあえず説明を聞かなければということで教員の元に行って話を聞いたがやっぱり何を言ってるのかさっぱりわからなかった。


 そして練習開始となったが俺と先輩のだけ別メニューとなった。

 俺のせいで先輩まで別メニューになってしまってマジで申し訳ない…。

 でもこればかりは俺が早く強くなるしかない。

 ということでまずは三体方式について説明してくれることになった。


 『武闘競技祭』の競技形式は本番の1週間前に本部から発表されるらしく、今回の三対方式以外にもいくつかの競技形式があるそうだ。その中でも今回の三対方式という方式で、この方式にはソロとデュオがあり、1対1形式のソロが1つと2対2形式のデュオが2つで計5人が出場する方式らしい。

 50人以上もいて5人しか出ないのかとも思うが全員が出るわけじゃないのなら今の俺は出ることはないだろう。


 ウォード先輩の説明を聞いて少し安堵した時だった。


 突然、闘技場の入口の方から尋常じゃない何かを感じて、つい視線が向いてしまった。

 入口からは赤くてツンツンした髪に強気そうな釣り目の男がポケットに両手を突っ込んで歩いて来ていた。

 なんか偉そうな感じで何となくムカつく。


 遅れて来てんのに何であんなに堂々としていられるんだ?


 ウォード先輩も赤紙の男を見て少し目をしかめている。

 あいつのことをよく思ってないのは俺たちだけじゃないらしく、目につく生徒のほとんどが不快そうな表情をしていた。


「どいつもこいつもバカ真面目にやってんな」


 闘技場内で訓練している生徒たちを見渡してニヤつきながら赤紙の男はそう言い放った。

 そんな男の元に男性教員が近づいていった。


「おい、みんな頑張ってるんだ。そういう言い方はよせ」


 男性教員に呆れられながら注意されたが一向に態度を変えずにヘラヘラしていて未だにポケットに手を突っ込んでいる。


「パーカーも今回は演習授業出られるのか?」 


 あの態度はいつものことなのか教員も形式上注意したという感じであまり本気で直させようとはしていないみたいだ。

 教員は赤紙の男の態度はスルーしつつそう聞いた。


「フンッ、まさかっ。俺の相手になる奴なんていないだろっ」


 バカにしたような感じで肩をすくめながらそう言うと、みんなを見下すように見渡しながら下を出した。


 マジでムカつくんだが。

 俺よりも全然強い人たちのことまでバカにするんだからさぞかし強いんだろうな!


「まっ、俺の相手になるような奴がいるならこの授業に出ることも考えますけど俺も忙しいんで」


 そう言うと赤紙の男は教員に背を向け、入口の方に歩き出した。


 もう帰るの!?

 あいつただ嫌味言いに来ただけじゃん!


「なんなんですか? あいつ」


 ついそう聞いてしまった。

 少し語気が強めになってしまったかもしれないけど、それくらいあいつのことが気に入らないということだ。


「彼はエイン・パーカー。私と同じ2年生で3年前に召喚された英雄よ」


 先輩は呆れた表情をしながらも俺に説明してくれた。

 英雄ってことは俺の隣に住んでるのってあいつか?

 まだお隣さんには会ったことなかったけど、あんな態度デカいやつが隣なんて隣人トラブル待ったなしじゃん。


「そして彼はこの学園で一番強いわ。私なんかでは歯が立たないレベルでね」


 おいおい…嘘だろ…?

 ウォード先輩でも歯が立たないくらい強いなんて…。


「炎を生み出す剣を使い手で『炎帝』なんて呼ばれてたりするわ」


 かっこいい二つ名みたいなのもあるのか。

 俺なんて英雄(笑)なのに。


 でもそれなら少し納得できてしまう。

 だからあんなにデカい態度でいられるんだろう。

 でも、だからといってあの態度は許せん。


 あいつよりも強くなって見返してやりたい。

 そうとなれば特訓再開だ。


「先輩、続き…やりましょう」

「そうね。まずは月城君が昨日当てた『透過』について調べていきましょう」


 俺はウォード先輩に助言をもらいながら自分の能力について色々と試してみることにした。


 『透過』っていうくらいだから物体を透過できるんだろう。

 とはいえどうやって力を発動するのかもわからない。


 とりあえず闘技場の端の方に置いてあった俺の着替えが入った手提げを持ってきて力を込めてみた。

 

 ………。


 特に何も起こらない。

 もう一回やってみるか。


 一度深呼吸してから手提げに意識を向け、ゆっくり力を込めてみる


 ………。


 やっぱり何も起こらない。


「私の『無限追尾の聖弓エピストリー・アーク』の場合だと何となく使い方が頭に浮かんできたんだけどやっぱりそういうのはない?」

「…特にないです」


 俺の返答を聞いた先輩は渋い表情になって俯きつつ何かを考え込んでいるようだった。

 そして表情は変えずに顔を上げえ俺の目をじっと見てきた。


 こんな美人に見つめられちゃうとすっげー緊張する。

 なんだか悩んでる様子だけど何かあるんだろうか。


「あの、先輩。少しでも可能性があることなら俺、何でもやりますよ」


 可能性が0じゃないなら試す価値はある。

 ガチャだって排出率が0じゃないなら引く価値はある。それと一緒だ。


「…1つ案が思い浮かんだんだけど、…あまりいい方法ではないから」


 少しためらいながらもそう切り出し、さらに続ける。


「人は窮地に立つほど力が発揮できることがあるの。だから――」


 こうしてウォード先輩が考えた方法を試してみることにした。




 試してみることにしたのだが、


「どうしてこうなったっ!!」


 そう叫びながら俺はぎりぎりのところで先輩が振るった竹刀を躱した。


 先輩が考えた方法とは俺がしないで叩かれるというものだった。

 このまま叩かれてはヤバいとなれば『透過』の能力が発動するかもしれないと考えたらしい。

 でもこれはマジでヤバイ。

 今回は躱したけど、もう何十発も先輩の振る竹刀が体中に当たっている。


「躱しちゃ意味ないでしょ」


 そう言いながら先輩はさらに市内を振るう。

 

「痛っ!!」


 あまりの痛さに俺はその場で崩れ落ちてしまった。


「さすがにこれ以上は無理そうね。少し休憩にしましょう」


 やっとお許しを得た。

 先輩は普段はすごい優しいけど、訓練となるとめっちゃ鬼になる。

 あまりの痛さで途中から攻撃を躱す練習になってしまってた。


 俺は肩で息をしながら闘技場の端まで行くと壁に体を預けて座り込んだ。

 水分補給をした後、両手を地面について上の方を見ながらぼーっとしていた。


 先輩はデュオ担当のクロリス先生と何やら話しているようだった。

 何かないのかと思い色々と思案していた俺だが、ふとあることを思いポケットに手を入れた。

 そして硬い感触が手に伝わってくると、それを握り顔の前に持ってきた。


「なあ、ガチャから出てきた同士で何かわかったりしないのか?」


 俺は赤い石を見つめながらそう聞いてみた。


『知らん』


 赤い石からは短くそう返ってきた。

 この赤い石、ルリアは普段は石の形になっているけど、この状態でも意識はあるようでたまにこうやって会話することがあった。

 ガチャで当てたもの同士で何かわかるかもと思って聞いてみたけどやっぱりわからないみたいだった。


「ですよね…」


 初めてルリアが人型になって以降、色々と話してみたけどこいつは基本的にルリア自身についてのことしかわからず他の知識に関しては俺と同レベルだ。


『もっと自分の能力についてイメージして、こう…ハッって感じでやればいけるだろ』


 ハッって感じって言われても…。

 こいつはかなり大雑把なやつだ。

 とは言いつつも少しきっかけになりそうなことも言ってくれた。


 自分の能力についてイメージ、か。


 俺はさっきまで散々使ってた手提げを手に持って意識を集中する。

 透過するイメージ。

 消えはしないけど、すり抜ける感じかな。

 思い浮かべたイメージを頭に浮かべたまま力を込めてみた。


 -パサッ


 手提げが地面に落ちる音がした。

 そしてしっかりと握っていたはずの手提げは俺の手には無く下に落ちていた。


 できた!

 やっぱり俺は『透過』の能力をゲットしてたんだ!


『だから言っただろう。ハッって感じだと』


 まあ、そのハッっていうのはよくわからないけど、ルリアのおかげで能力が使えたのは確かだ。


「ありがとうルリア。君のおかげだよ」

『もっと感謝していいんだぞ』 


 ルリアは調子に乗ってそう返してきた。


 まだ俺の能力についてマスターしたわけじゃない。

 でも一歩前進したのは確かだ。

 どこまでできるかわからないし、おそらく今回の『武闘競技祭』では俺の出番はないだろう。

 それでも本番まであと6日。

 出来るだけのことはやっておこう。


 とりあえず少しだけど能力が使えた俺は気持ち的に楽になり、張り切って訓練を再開した。

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