第10話 レディストの砦

 レニは、レディスト王国のデュナミスにより拘束された。彼女の手は特殊合金製を織り込んだロープできつく縛られてしまった。デュナミスの力であってもどうすることもできないほどの強度があるロープ相手では、もがくだけ無駄だろう。


 黒の森を抜け、停めてあった車両に乗せられた。ハイペリオンはレディストのメック・ヴァンクールに抱えるようにして運ばれている。

 車に揺られていく間、レディスト王国領内にはメックの姿を三騎見た。ブロデアとの戦争が始まったのだ、と改めて実感する。


 レニを連行している車が砦へ着いたのは、すでに日が落ちていた。

 砦は古城を改装して作られていた。近代戦で砦や基地などは籠城ではなく、メックの整備と兵士の休息のためにある。砦内にはヴァンクールが一騎、整備を受けていた。この砦に配備されているのは、ハイペリオンを運んできたメックと合わせて、少なくとも二騎ということになる。


 ハイペリオンは整備中のヴァンクールの隣に運ばれる。整備士が集まって何かをしているようだが、彼らにはハイペリオンの胸部ハッチを開けることはできないようだ。レニは、首飾りをハイペリオンの中に入れたことをまず安心した。

 彼女の父親がなぜ死の間際に渡してきたのか、その理由こそ分からないが、重要性は推測できる。


 レニは砦の中へと連れて行かれ、ロープの代わりに手枷をはめられると、執務室の前までやってきた。

 扉を開けて執務室へ入ると、男がデスクに座っている。

 男と目が合った瞬間、レニは背中を撫でられたような寒気を感じる。彼がデュナミスであることは感じられたが、彼女が森で戦ったデュナミスとは明らかに違う。力を見ていないから正確な力量は分からないが、相当な実力者であることは間違いない。

「この砦の指揮官、ジョエル・クレマンだ」

 クレマンと名乗ったデュナミスは、レニの体を眺める。

「ブロデアの女……ではないらしいな……」

 レニは答えない。背筋を伸ばしてクレマンと向き合う。

「あのメックのことも知りたいが……その分では答えてくれそうにないようだ……」

 そう言うと、クレマンは彼女の後ろに控えていた部下に「いつもの部屋に案内しろ」と伝える。


 レニはクレマンの執務室から連れ出された。部屋を出る間際、彼の顔を見ると、微笑んでいた。品のない表情である。

 兵士の詰め所の扉の前までやってくると、手枷を付けられたままレニは背中から突き飛ばされ、部屋の中へと入れられる。

 二十名の若い兵士の視線が、すべてレニに注がれていた。


* * * * *


 クレマンは椅子に深く座り直すと、お気に入りの葉巻に火を点ける。


 ブロデアのメックが侵攻してきたことは、すでに砦の兵士の全てが知っていることであった。数年前から不穏な空気はあったものの、戦争が再び始まってしまった。

 今回の戦争も世界を巻き込む大戦になるだろう。多くの人々がそう思っている。もちろん、クレマン自身も。


 今日捕らえられた少女とメックの存在が何を意味しているのかも分からないが、敵にせよ味方にせよ嬉しい収穫となった。

 新型のメックは、そこから様々な技術を得ることができる。より短期間で強力な武力を手にできる。胸部ハッチが開けられない、との報告を受けているため、こじ開ける方法もいずれ考えなくてはならない。


 それに、あの美しい少女だ。


 デュナミスは、近代戦になくてはならない存在である。

 だが、それ以上に「女のデュナミス」というだけで、価値があるのだ。

「デュナミスなのに、女として生まれたがために、戦場で活躍できない」

 クレマンは呟く。それは、自ら命を絶った女性のデュナミスが叫んだとされている言葉であった。


 紫煙をくゆらせて、少女の身に起こるであろう惨劇の想像をして楽しんでいた。


* * * * *


 新兵である彼の役目は、捕らえたデュナミスの少女を兵士の詰め所に押し込むまでであり、そこから先の、いわゆる「お楽しみ」に関わることができなかった。

 彼もデュナミスであるが、爵位は男爵である。彼の家系で初めての能力者のため爵位が与えられたが、男爵は功績を上げた人間であれば、デュナミスでなくとも与えられる。


 大きなため息を一つ吐く。

 捕らえたデュナミスの少女は、彼が今まで見た女性の中でもっとも美しかった。そんな少女を兵士の詰め所に突き飛ばしてしまったことに対して、申し訳ない思いを抱いていた。


 その時、詰め所のドアが突き破られて、部屋にいたはずの男が飛び出してきた。彼の足下まで飛ばされてきた男は、白目を剥いている。

 突然の出来事に、彼には何が起こったのか理解できなかった。


 目を丸く見開いて、彼は風通しが良くなった部屋の方を見る。

 手枷をはめたままの少女が、汗一つかかずに立っていた。彼女の足下には、十九人の男が気絶していた。

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