第9話 黒の森
レディスト王国とブロデア帝国の国境近くには、<黒の森>と呼ばれる森があった。生い茂る葉のせいで、黒の森は昼間でも薄暗く、その昔は「黒の森には魔女が住んでいる」とまで言われていた。また、この森に生えている樹木の葉は暗い緑色をしていることも相まって、不気味な雰囲気が森全体に漂っており、近年まで人々はなるべく近寄らないようにしていた。
今でも迷信深い人々の間では恐れられている黒の森にレニが逃げ込んだのは、人々が近付きにくい場所だからという思惑がどこかにあったのかもしれない。
鬱蒼と生い茂る森の中でメックを屈ませると、レニはダイブアウトして地面へと降り立った。
森の中では風が吹くたびに暗い色の葉がざわめき、聞いたこともないような禍々しい鳥の鳴き声も聞こえる。
レニは、近くの岩に腰掛けると、自分の身に起こった出来事を整理する。
ヴェルシュナーが燃えた。
父親が死んだ。
メックで戦った。
必死で黒の森に逃げてきた。
順を追って考えようとすると、思考が濁流となって迫ってくる。
そして、レニは泣き出した。
声を押し殺し、ひたすらに泣いた。
驚異的な身体能力と特殊能力を有しているデュナミスであっても、レニはまだ十六歳になったばかりの少女である。父親や故郷を失ったことを冷静に受け止められるほど強い精神力は持ち合わせていないのだ。
いずれ戦争が起こることは、父の友人から知らされていた。その時、デュナミスであるレニ自身が戦火に巻き込まれることがあるかもしれない、と。
覚悟はしていた。だが、実際に起こった今となっては、そんな覚悟は何の役にも立たなかった。先の大戦を経験していないレニにとって、戦争の何たるかをはっきりと考えるのは難しい。
ひとしきり泣くと、袖で涙を拭った。目元を真っ赤に腫らしていたが、鏡がないからレニ自身がそれを確認することはできない。
父も死んだ。故郷もなくなった。
彼女に残されたのは、白いメック・ハイペリオンと、父親から受け取った首飾りだけであった。なぜ、メックが自宅にあったのか、今でも答えは出ていない。
首飾りを眺める。
ユニコーンが装飾されたこの首飾りだけが形見であり、手がかりでもあるのだ。
これからどうすればいいのか、まったく分からなかった。このまま森で暮らすわけにもいかないが、大きなメックを常に連れて歩くわけにもいかない。
その時、鳥たちが慌ただしく森から飛び立っていく。
巨大な何かが、大地を踏みつける音がする。
レニはとっさに念じ、ハイペリオンの胸部を開けると首飾りを投げ入れてすぐに閉める。
彼女がメックに乗り込まなかったのは、森を疾走する複数の音を聞いたからだ。
周囲で武器になりそうな物を探す。枯れ枝程度では心許ないが、手頃な大きさの石もない。
仕方なく、レニは親指の爪ほどの大きさの小石をいくつか手の中に収めた。
ザッ、という大きな音がして、男が二人飛び出してくる。レディスト王国のデュナミス軍服を着ている男は、レニを挟み込む。男たちは、デュナミスが扱えるサイズのスラヴァーを抜刀し、刃に粒子を纏わせている。
スラヴァーは特殊な粒子で刃を覆っているため、切断力は一般的な剣とは比べ物にならない。戦車の真っ二つにしたという記録も残っており、個人が使用する兵器としては破格の威力を持っている。
片方のデュナミスは黒い手袋を、もう片方は赤い手袋をしている。黒い手袋の男はスラヴァーを両手で持ち、切っ先をレニに向けている。赤い手袋の男は右手で剣を持ち、下段に構えている。
二人の男は、同時に動く。
スラヴァーの粒子が煌めく。
レニは手の中の小石を、赤い手袋の男に向かって親指で弾き出す。
高速で向かってくる男に、高速の小石が襲いかかる。
赤い手袋の男の目を小石が直撃する。下段から迫り来るスラヴァーの軌道が逸れる。
わずかな隙ができた。
すかさず飛びかかり、男の喉元に跳び蹴りを叩き込む。まるで突き刺さったかのように鋭い蹴りを受け、男の口から「ひゅぅ」と空気が漏れる。すでに、彼の意識はなかった。
流れる動きでスラヴァーを手に取ると、レニは柄を握る。
黒い手袋に握られたスラヴァーは、レニの体めがけて突進してくる。
レニは、手にしたスラヴァーを振り、刃に当てた。
粒子同士が衝突し、小さなスパークと大きな音を立てる。
お互いに体勢を崩す。しかし、立て直しはレニの方が早かった。下から斬り上げようとした。
刹那、レニの動きは止まった。
地面を踏みしめる音がしたかと思うと、レニは三本のスラヴァーに狙われていた。
わずかでも不用意な動きをした瞬間に、体が切り刻んでやる。一瞬のうちに現れた三人のデュナミスの目は、そう訴えていた。
レニはスラヴァーの粒子放出を止め、武器を捨てた。
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