第6話 レニの初陣
レニが小屋へ入った時に予想していなかった自由落下の感覚に、スカートがふわりと浮き上がる。手で押さえようとして慌ててバランスを崩し、レニは背中から落ちた。
「いっ……たぁ……!」
絞り出すように声を出す。
何メートル落ちたのだろう。自宅の小屋でこんな穴に落ちたことに驚いているが、頭の中で何から処理していいのか分からない。
背中を強く打ちつけたが、動けないほどではない。背中以外で痛みはないから、怪我はしていないようだ。
痛みに顔を歪めながら起き上がったレニの目に飛び込んできたのは、白い色だった。その白い色は、よく見ると足のようだったが、人間の足にしては大きすぎる。
上から火の粉が降り注ぐ中、メックが横たわっている。ヴェルシュナーを襲っている褐色のメックと比べて細身ではあるが、一〇メートルの人型の物体はメック以外にはない。
——なぜ自宅に?
レニがまず最初に思ったことである。小屋に入っていたのは父親だけ。ならばこれは父親が造ったのであろうか。しかし、なぜメックなんか造っていたのだろう。
だが、レニの思考は遮られる。メックの傍らに、父親が倒れている。
「パパッ!」
駆け寄ったレニが見たのは、頭部から血を流した父親であった。
彼は口を動かしているが、声にならない。それでも父親から何かを聞き取ろうと耳を近付けても、漏れてくるのは苦しげな息だけだ。
「パパ……パパッ」
呼びかけても反応が鈍い。
その時、レニの手に何かが触れた。
それは、美しい装飾が施された首飾りだった。かすかに動いた父親の手が、レニに首飾りを手渡したがっているように見える。
彼女が首飾りを受け取ると、一瞬安堵したような表情を浮かべ、そして力を失った。
天井が今にも落ちてきそうなくらいに燃えている。
このままここにいたら危ない。
町にはメックが侵攻してきている。
助かる道は、おそらく一つしかない。
レニは首飾りを身につけると、メックの腹部へと飛び乗る。
「動くんでしょ……開けなさい!」
彼女の声に従うように、胸部装甲が稼働する。
メックの中へ乗り込むと、彼女は迷うことなく、その言葉を口にした。
「ダイブ!」
胸部装甲が閉じるとともに、レニの意識や感覚は溶けていく。わずか数秒で、レニはメックと同化した。
レニはメックの手に父親の遺体を乗せると、ゆっくりと立ち上がる。頭の先から足の先まで、メックと同化していることを認識する。
小屋から離れた場所に父親の遺体を置くと、ヴェルシュナーの方へ目を向ける。町は燃え、褐色のメックの姿も見える。
「そう、それがあなたの名前なのね……」
父親の死を看取ったばかりだというのに、彼女の気持ちは落ち着いていた。レニはメックに名付けられた名前を確認する。
「ハイペリオン、行くわよ!」
ジェネレーターがうなる。
褐色のメックが武器を構える。
ハイペリオンのシールドに格納されているスラヴァーを抜く。刃が青い光に包まれる。
ゆっくりと距離を詰めていく。
——全てはこのためだったのね。
スラヴァーを構えた瞬間、かつて父親の友人という人物から剣術を教わったことがあった記憶が蘇ってきた。最初は自分がデュナミスだから、その力の使い方を知るためだと思った。
だが、それは同時にメックで戦うためでもあったのだ。
分からないことは、たくさんある。
でも、今するべきは、褐色のメックを倒すこと。
褐色のメックとの間で、大きな炎が上がる。
——今だッ!
大地を蹴って、一気に距離を詰める。ハイペリオンは思った以上にスピードが出ている。
目標は炎の先にいる。このまま直進して一気に勝負を決める。
しかし、相手もデュナミスである。反射的であったのかもしれないが、スラヴァーを振り下ろしてくる。
——このまま突撃して先に攻撃できるだろうか……いや、それには遠い。
ハイペリオンのシールドを構える。メックのシールドは、スラヴァーの直撃に耐えられるように厚く、そして大きい。
褐色のメックの刃を受け止める。強烈な金属音とともに体全体に衝撃が走る。シールドは破損していないが、それを受け止めるメックのフレームが悲鳴を上げている。
レニの視界の端にアラートが出ており、左腕の機能低下を訴えている。たった一撃で四○%もダウンしている。受け流すように防がなければならなかったのだ。もう次はない。
無理に踏み込めば、装甲の差でやられる。シールドで受ければ左腕が大破するだろう。
——じゃあ、どうすれば。
剣術の特訓を思い出す。
——精神を集中し、剣に力を流し込むように。
ハイペリオンのスラヴァーが金色の光を宿す。
刃を振り下ろすと、それは光波となって褐色のメックの頭部と右腕を破壊した。
ダイブを解除し、外に出たレニが見たのは、破壊されたヴェルシュナーの跡であった。町の人はもういない。ちゃんと逃げ切れただろうか。
レニは再びハイペリオンにダイブすると、町を去る。このままメックが町にいれば、ここはまた戦場になってしまう。
別れの言葉を告げる暇もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます