第5話 白いメック
国境となっているヴェルシュナー川を渡り、隣国のレディスト王国へと侵攻したアルベルト・ベルグは、バストラの視点から逃げ惑うヴェルシュナーの住民を見下ろしている。
第二世代のダイバーメックは対メック戦を想定しているため、銃火器の類は標準装備されていない。身の丈近くある巨大なシールドと、特殊超合金製の装甲を破壊できる威力を持つブレード・スラヴァーがバストラの本来の装備である。
しかし、バストラの右腕にはフレイムガンが装備されている。これはベルグは要請したものではない。これが意味するところは「ヴェルシュナーを焼き払え」という言葉なき命令であった。
メックをあぶり出すため、バストラの歩行スピードを上げすぎないようにしながら、フレイムガンを放つ。反動はなかった。ただ、赤い炎が町を焼く。ヴェルシュナーは木造の建物ばかりだから、よく燃え広がる。
あちこちから悲鳴と怒号が聞こえる。子供の泣き声や家族の名前を心配そうに叫ぶ声もする。
バストラは火の付いた荷車や樽を掴むと、辺りに投げつける。荷車は町の外まで飛んでいき、樽のいくつかはまだ燃えていない建物の上に落ちて爆ぜる。
——出てこい、メック。
ベルグは戦闘を望んでいた。メック戦で戦果を上げることは、大きく評価されるということに等しい。メックは戦車や航空機に比べて、生産にも運用にもコストがかかる。故に、敵メックを撃破すれば、相手国に大きな打撃を与えることができる。
その時、バストラに搭載されているレーダーが反応する。バストラのレーダーはメックのジェネレーターを捉える物であり、すなわちメックが起動したことを意味していた。
町の外の森の中から、メックが立ち上がっていた。
「なんだ、あれは……」
ベルグはそのメックを見た時、思わず声を上げた。
現在のメックは、近接戦闘による決着が全てである。切断力の高いスラヴァーを用いているため、装甲はどうしても厚くなり、分厚い甲冑を身につけた騎士のような風貌になる。
しかし、現れたメックは細い。甲冑というよりは、まるで衣でもまとっているようでもあった。ただの一撃でもスラヴァーを食らえば、真っ二つになるのは容易に想像できるくらいに頼りない姿である。
「見た目ばかり良くても……!」
そのメックの装甲は白く、腰周りも細いため、どことなく女性的で美しい姿であった。
だが、メックは兵器であり、美しさよりも強さを求められる。強さを持たない兵器は必要ない。
バストラはシールドに格納されているスラヴァーを引き抜く。低い音とともに、刃は青い光に包まれる。
白いメックも、シールドからスラヴァーを抜いて光を灯す。
おそらく、相手はバストラよりも機動力に優れている。無闇に間合いを詰めれば、懐に飛び込まれてしまうだろう。バストラの装甲の厚さを活かし、相手の攻撃に合わせて攻撃するのが確実な戦い方である。バストラの装甲は少なくともスラヴァーの一撃なら防ぐことができる。
ベルグは、そう思案しながらゆっくり歩き出す。周囲はすでに火の海で、建物は焼け落ち始めている。白いメックとの距離は一〇〇メートルまで近付いていた。
町の中央で、大きな炎が上がった。
ほんの一瞬だったが、白いメックを見失った。
刹那、ベルグは気配を感じた。
炎をくぐり、白いメックが距離を詰めてくる。
「ぐっ……!」
予想以上のスピードに思わず声を上げたベルグは、反射的にスラヴァーを振り下ろす。
白いメックはシールドで攻撃を受ける。耳をつんざくような金属音が響く。だが、メックの突進は止まった。
スラヴァーを払いのけると、白いメックは間合いを取り直す。一歩踏み込めば剣が届く位置であり、これは近代メック戦においてもっとも頻発する間合いである。
この距離はデュナミスが特に訓練する間合いであり、同じタイミングで斬り込んだとしても装甲の差でバストラが有利である。そして、彼は敵メックのシールドが装備されている左腕の挙動が若干おかしいことにも気付いていた。バストラのスラヴァーの直撃を受けた影響が出ている。次の斬撃は受け止められない。
——私の勝利だ。
ベルグが目の前にわずかに見えた勝利に、まさに手を伸ばそうとした瞬間であった。
白いメックの刃が輝いた。青い光は金色の光へ変わる。
「な、なんだ……?」
それは、ベルグが知らない現象であった。
金色の刃が振り下ろされる。相手は踏み込んでいない。当たるはずのない距離だ。
スラヴァーに宿っていた金色の光が放たれた。
「光波だとッ……!」
避けることはできなかった。
白いメックの放った金色の光波は、バストラの頭部と右腕を切断した。
* * * * *
メックを操るダイバーシステムは頭部に存在している。そのため、メックは頭部を破壊された場合、即座に行動不能に陥ってしまう。
ヴェルシュナーを蹂躙していたバストラは、ただ立ち尽くすだけの物体となってしまった。
白いメックは、バストラの沈黙を確認して構えを解くと、胸部装甲を展開させる。
そこから現れたのは、ディアンドルを着た少女・レニであった。
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