徒花に実は生らぬ

女はひどく腹を立て忌々いまいましそうに顔をゆがめながら陽の沈み切る前の薄暗い道を歩いていました。

女はみにくい女でした。

それは顔の造作ぞうさくではありません。

心の内がひどく醜い女だったのです。

他人ひとの不幸を望み、他人を道具としか思っていない。

自分勝手で自己中心的な考え方しかできない。

まるで物語の悪役を絵に書いたような。

そんな醜い心の持ち主です。


その女は今、怒りに震えていました。

何もかもうまくいかない。

どうして自分がこんな思いをしなくてはならないのか。

このようなみじめな思いを。

全部、あいつらが悪い。

全部、あいつらのせいだ。

私は、こんなにも頑張っているというのに。

周りの奴らも、みんなあいつらにだまされて。

馬鹿なやつばかりだ。

この世界は理不尽りふじんだ。

この世界は悪役に蹂躙じゅうりんされているんだ。

女は歯をぎしりぎしりときしませながら、あふれ出す憎しみを隠すこともなく歩いていく。


次の手段しゅだんを考えなければいけない。

周囲の人間を見返してやる。

こんなところでは終われない。

まずは、自分の道具の使い道をきちんと考えなければいけない。

それから、い上がろうとするあいつらの手をにじって蹴落けおとしてやる。

どんどん追い詰めてやる。

あいつらの顔を、苦痛で歪ませてやる。


女はふと違和感に気づきました。

どれだけ歩いても、誰ともすれ違わないのです。

この時間なら、帰路きろにつく学生や会社員で溢れているはずだというのに、目の前に広がるいつもの道には人間がいない。

誰もいない。

なぜ?

違和感はだんだん明確めいかくになっていく。

ビルにも駅にも線路に止まっている電車の中にも誰もいない。

人っ子一人みつからない。

女の顔が、先ほどまでとは違う感情で歪んでいく。


「誰かぁ!!誰かいないのぉ!!」


そのさけびに返事はない。

誰に届くこともなくむなしく消えていく。

女は何度も何度も叫び続けました。

何日も何週間も何ヶ月も何年も。

誰かに会えることはなく、けれど死ぬこともない。

やがて終わりのない孤独こどくに、女は絶望しました。

今までの苛立ちも、腹立たしさも消え去り、彼女に残っているのは恐怖と絶望と虚無きょむ

女は壊れてしまいました。


「だれかぁ、だれかいないのぉ?」

返事はない。

「ダレかァ、だレカいナイのォ?」

返事はない。

だレかァ、わたシをミてヨ

「ダレカァ、ダレカイナイノォ?」

それでも女はいつまでも、壊れたからくりのように繰り返すだけ。


「ちょっと、あの人大丈夫なのかな?」

いぶかしげに見る通行人の声は、女には聞こえません。

「ちょっと、おねえさん!!大丈夫ですか!?」

問いかける警察官の声は、女には聞こえません。

「ねぇ!大丈夫なの!?担当にゃん!!」

さも心配そうに呼びかける作家の声も、女には聞こえません。


女はやぶへびを出し、とらを踏みつけ、鬼と一つの車に乗り、そして女はいてしまったのです。


きじも鳴かずばたれまい。


そんなおろかな女のおはなしでした。








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