第11.5話 徒花の咲く場所

悔しい!悔しい!!憎たらしいっ!!

どうしてあの男ばかりが持ち上げられるの?

こんなに私は頑張っているというのに、みんなあの男ばかりを引き立てる。

たいした才能があるわけでもないというのに。

たいして努力をしているわけでもないというのに。

理不尽りふじんすぎるではないか。

私は、物語の主人公に憧れてこの職についた。

シンデレラストーリーや乙女ゲームや少女マンガ。

どの主人公も、最後にはめでたしめでたしで終わる。

けれどいつまでっても私には王子様は来ないし努力はむくわれない。

待ち望んでいた青春も焦がれていた幸せな結末も訪れてはくれない!

あの男の周りでは幸福なことばかり!!

綺麗な人に囲まれて!!

これではまるであの男が物語の主人公みたいじゃないっ!!

そんなの許さないっ!!

そんな理不尽は許さない!!

引きずり落としてやるっ!!

そんな理不尽な憎しみを宿やどし燃え上がらせながら、女はみにくく顔をゆがませた。


打ち合わせ部屋の前で、醜い表情のまま女は立っていた。

突然、女は後ろから声をかけられてふと頭の中を真っ赤にしていた物事から気がそらされた。

慌てて、いつもの外面用そとづらようの表情をける。

「担当にゃーん!もう家は大丈夫なのぉ?」

「しきみ!えぇ、心配してくれてありがとね」

「じゃあ、家司けしさんから担当にゃんに戻るんだね」

女はニコニコと目の前の女を見る。

二人は本当に親しげに言葉を交わしている。

「そうだね!後で家司くんにはお礼を言わなくちゃだね!」

「担当にゃんと家司さんって仲良いのぉ?」

「うーん、特別に仲が良いわけじゃないと思うけど、同期なんだよねー」

「じゃあ、今回ぃ家司さんがわたしの担当になってくれたのはぁ同期のよしみ!ってやつなんだぁ?」

「そんな感じかな?」

さぁ、次の打ち合わせをしようと言って二人は部屋に入っていく。

女は目の前のへらへらと笑う女を見て、心の内ではずっと彼女をあざけ嘲笑ちょうしょうが止まらなかった。


本当に馬鹿な女よね。

利用されてるのもわからないでへらへらして。

でも実際、馬鹿な方が助かるのよね。

無駄に頭が良くても面倒くさいしね。

あんたはただ私の思うように動いていてくれればいいんだから。

あんたは私の使える道具なんだから、きちんと頑張ってよね。

あの男を引きずり落とすための大切なこまなの。

あんたにはわからないかもしれないけどね。

あの男に屈辱くつじょくを味あわせるためなら、あんたのことをずっとそばにおいてあげる。

あんたは私の言うことをきいて、いい子でいてくれればいいの。

わかる?

それはあんたのためにもなるし、私のことを認めさせることもできる。

本当にあんたは利用しやすくて助かるわね!


「これからもよろしくね!」

「こちらこそ!」


二人はにこやかに言葉を掛け合う。

女の心中しんちゅうなど知りもせず。






「ねぇ、家司くん」

何気なく、といった様子で、小説家である男が自身の担当に声をかける。

呼ばれて振り向いた担当に、小説家の男は言葉を続けた。

「しきみさんの担当さんって、関わったことなくて俺、全然知らないんだけど……どんな人?」

「さぁ?私も知りません」

さらりと答える担当に、小説家は驚いた顔をする。

「そうなんだ?俺だけでも忙しいって言ってるのにわざわざ家司くんがしきみさんの担当も受け持つって聞いたから、仲がいいのかと思った」

「いいえ?ただ単に上司に頼まれたからですよ」

「そっか。でもお疲れ様!やっと、俺だけの面倒めんどうだけでむね。これからもよろしくね」

「こちらこそ。これからも末永すえながくよろしくお願いしますね、先生」

「なんかプロポーズみたいだなぁ」

小説家が苦笑いを浮かべると、担当はニタリと笑って言った。


「よろしくお願いいたしますね、旦那様」

「おーい!!」


二人はにこやかに言葉を掛け合う。

お互いの信頼のあかしを見せ合うように。

この時の二人は、まだこれから起こることなどつゆ知らず笑い合っていた。






小説家とその担当の男は、上司に当たる人間に話があるからと会議室に呼び出されていた。

「急に呼び出したりして申し訳ありません」

「いえいえ、家司くんと二人で呼び出しなんてなかなかないので驚きましたけど、何かありましたか?」

会議室ではなごやかな雰囲気がただよっていた。

上司の男が発した、次の言葉を聞くまでは。

「お二人のことが週刊誌にりまして……ずいぶん世間の方が加熱しています」

「炎上ってやつですか……先生、何やらかしたんですか?」

いけしゃあしゃあとのたまう担当を、小説家はじろりと目で制して上司に問いかける。

「週刊誌って……俺は、そこまで売れてるわけでもない、しがない小説家ですよ?なんでまた」

困惑気味な小説家に、上司の男は静かに告げる。

「……しきみさんです」

「え?」

小説家は反射的に聞き返す。

「実際に週刊誌に取り上げられてしまったのは、しきみさんなんです」

「あの小娘のことで、どうして先生まで?」

不満気にまゆを寄せる部下を見て、上司の男はため息を吐いて言う。

「君だよ、家司くん」

「はい?」

「これだよ」

そう上司が指をさした机に置かれた週刊誌のページには、大きな文字で主張するように書かれた言葉。


動画配信でも注目の小説家しきみさんに熱愛発覚!

お相手は先輩小説家の担当編集者!!


「はい?」

「この記事は写真つきでね。ほら」

ぼうイベント終了後二人で仲良く、ファミレスから出てきたところを激写。

その後も、男性がしきみさんの首に手を当てて親しげに話しながら夜の街に消えていきました。

「うそん」

小説家は脱力しながら、情けなくそうつぶやく。

「これはなかなかの捏造ねつぞう誤解釈ごかいしゃくですね。この時は先生も含めて数人でいましたし」

「確か、ファミレスから出てきた時ってヤギカガチさんと出てきたよね」

その時のことを思い返しながら二人は言う。

「たぶんわざと二人になるような角度から撮られたんでしょうね」

担当の男が心底面倒くさそうにため息を吐く。

「写真は一般の方から週刊誌の方に提供ていきょうされたものだそうです。おそらくはしきみさんのファンの方か誰かが、彼女を尾行びこうして写真を撮ったのではないかとあちらの担当から返事がありました」

上司の説明を聞いてから、担当は冷静に言う。

「誤解なんですから、堂々と否定しましょうよ。あの小娘との熱愛なんて虫唾むしずが走ります」

担当のとうな提案を、上司は困ったような表情で丁重ていちょうに断った。

「そうもいかないんですよ。しきみさんも火消しに尽力じんりょくしてくれてますが、動画配信の運営からも対応を求められていますしなによりも」

言いづらそうに上司の男は口ごもってから、意を決したように言い放つ。

それは小説家と担当を絶句ぜっくさせる内容だった。

しばしの話し合いの末に、上司の男は渋々しぶしぶと言った様子で担当に処分を下す。

「家司くんは一度担当を外れて謹慎きんしんしてください。先生のこれからについては後ほど報告します」


会議室での出来事は、きっとこの小説家の、人生で一番大きな障壁しょうへきとなる問題だった。

しかしこれは、波乱の幕開けに過ぎなかったことを彼らはまだ知らない。


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