かくれんぼしよう

これは私の友人が体験した出来事です。

当時、友人は中学生でした。

友人には小学生の妹がいました。

生意気盛りの妹と友人は喧嘩もしょっちゅうだったそうですが、友人にとって妹は目に入れても痛くないほどとても可愛くて大切な存在だそうです。

ある日、塾からの帰り道に聞き覚えのある声が聞こえてきて、友人は声のする方へ向かいました。

時間を確認してみれば、その日は少し塾が長引いてすでに21時をまわっていました。

聴き違いだろうとも思ったそうです。

ですがやはり心配になってしまいました。

まさかあり得ないだろう、聴き違いだろうと何度も自分に言い聞かせながらも、友人はどんどん向かっていきます。

声だけをたよりにたどり着いたその場所は、どこかの団地の公園でした。

公園といっても狭く、ちょっとした遊具が一つか二つあるだけの小さな場所でした。

公園からは子供たちの楽しそうに遊ぶ声が聞こえてきています。

友人は目をらしながら公園内を見て、目を大きく見開きその人物を見咎みとがめました。

「あんた!何やってんの、こんな時間にっ!!」

その公園の中で遊んでいたのは彼女の妹だったのです。

友人は声を張り上げてから、大慌てで妹に近づきました。

当の妹本人は、焦る友人を見てもニコニコとしながら楽しそうにしているばかり。

「あっ!お姉ちゃんだぁ!迎えにきてくれたの?」

あまりの緊張感のなさに脱力しながら、友人は妹の手をひきその公園の出口に向かいます。

「じゃあ、お姉ちゃん来たから帰るねぇ!また遊ぼうねっ!バイバーイ!」

妹が手を振る先を、友人は目を凝らして見てみたけれどそこには何もない、ただ真っ暗闇が広がるばかりだったそうです。


「あんた、こんな時間に何してんの?お母さんに言うからね!」

家までの帰り道、友人は強い口調で妹に言います。

両親は共働きで夜遅くまで帰ってこない。

それこそ日付がかわるころに帰ってくる。

塾に行く日は友人も帰りが遅くなる。

それをいいことにこんな夜遅くまで遊んでいるなんて!と、友人は心配と動揺で苛立ち妹を強く叱りました。

普段妹は泣き虫で、友人が怒るとすぐに泣き出してしまいます。

けれどその日は聞いているのかいないのか、鼻歌なんて口ずさみながら楽しそうにしている。

その異様いようさに友人はすぐに気づきました。

そして公園を出るときの違和感も同時に思い出したそうです。

あの時、妹は誰に手を振っていた?

誰に声をかけていた?

暗闇が広がるだけの公園の片隅に向かって。

それ以前に友人は、子供たちの声を聞いていた。

聞き覚えのある妹の声の他にも、声はあった。

「ねぇ、あんた誰と一緒にいたの?」

「みいちゃん」

妹はニコニコと笑って答えたそうです。

友人はその瞬間に、妹を失ってしまうかもしれないという、とてつもない恐怖と不安を覚えたそうです。

苛立ちはどこかへと消え去り、早く妹とともに安全な場所に行かなくてはならないと思いました。

友人は妹の手をひき、早足になりながら考えをめぐらせる。

家まで帰ってしまうのが、一番安心する。

けれど家に着くまでには少し暗い道を通らなくてはならない。

暗いといっても街灯はあるし普段ならばさほど気にするようなものではなかったのですが、その日はすぐにでもひとけの多い明るい場所に行きたかった。

友人はよく家族で行くファミレスに向かうことにしました。

ファミレスに続く道は、コンビニやスーパーや夜遅くまで開いているドラッグストアなどが立ち並んでいてとても明るくにぎわっている。

ファミレスの駐車場を抜けて店内に入ると、優しそうな女性が席まで案内してくれた。

お財布には母からの、もしものときのためにと持たされているお金が少しばかり入っている。

それを確認して妹にメニューを手渡す。

妹はファミレスでの食事という、普段とは少し違う状況にとても喜びはしゃいでいる。

友人は店員さんを呼び注文したあとに、ためらいがちに相談したそうです。

といっても、今起こった出来事をただ話してもこの怖さをわかってもらえないかもしれない。

ひとけのない公園でとても恐ろしい思いをした。

妹を連れて行かれそうで怖い。

帰り道の暗い道は通りたくない。

妹と早く明るい場所に行きたかった。

なにより頼れる大人がいる場所にいたい。

友人は少し脚色きゃくしょくして店員さんに話し、親に連絡するために電話を借りた。

レジ近くの電話は使えないから、と普通なら店員しか入れないような小さな部屋に、妹とともに案内してくれた。

そこに置かれた電話から母親に連絡する。

すると、電話越しでもわかるほど慌てた様子の母親から、すぐに向かうからそこで待っているように言われた。

友人は、そこで初めて胸を撫で下ろすことができたそうです。

緊張からか終始しゅうし、妹の手を握っていた友人の手が安堵あんどゆるんだ。

その瞬間、妹の姿が忽然こつぜんと消えた。

今の今まですぐそばにいたというのに。

まだ手はつながれていたというのに。

友人は慌てて周りを見回すが、やはり妹の姿はない。

心臓が早鐘をうつ。

店員さんに聞こうと部屋を出ると、そこは先ほどとはまったく違う光景になっていた。

まるで閉店したあとのような暗い店内がひろがっているのです。

停電などではない、とすぐにわかりました。

窓からは駐車場を照らす街灯や近くのコンビニなどの明かりが見えている。

そして何もよりも、今まで賑わっていたはずの店内に誰一人いない。

どうして……。

まだ中学生だった友人は恐怖と自身が置かれた訳のわからない状況からくる混乱のせいで涙があふれた。

どうしてこうなった?

家に帰ればよかった?

少し待てば母親がくるはず。

けれどここに母親は来られるだろうか。

自分は今どこにいるのだろう。

友人の頭の中を、不安と恐怖が何度も駆けめぐります。

通常ならすくみ動けなくなることでしょう。

けれど友人は、部屋を出たときからずっと声を張り上げていました。

妹の名を呼び、どこにいるのかと何度も何度も大きな声で叫んでいたのです。

返事はなくても、何度も何度でも。

必死に叫ぶ声は暗い店内に無情にもただ響くだけ。

妹の声も、姿もない。

それでも友人は妹のために叫んでいました。

「お姉ちゃん……」

友人の背後から声がしました。

その声はお姉ちゃん、と友人を呼びました。

その言葉は、ずっと友人が待ち望んでいたもののはずでした。

けれど友人は、ピタリと動きを止めたまますぐに振り返ることはしませんでした。

怒りと憎しみと恐怖が混ざりあったような感情が友人の胸の中でとぐろを巻き、下唇を噛み締めながら何かをこらえるように体を震わせていました。

そして意を決して振り返れば、そこには見知らぬ少女がニタニタと笑っていました。

「お姉ちゃん、あたしのともだちは返してね?」

驚愕きょうがくと怒りに目を見張りましたが友人は必死に自身に冷静になれと言い聞かせていました。

そしてつとめて静かに返事をしました。

「あなたの友達はわからないけれど、わたしの妹はわたしと家に帰るよ」

「あのこはあたしのともだちだから、あたしのものなの!」

少女はきゃははと楽しげに友人にいう。

その様子は、まるでわざと友人の神経を逆撫さかなでするようでした。

「わたしの妹はあなたのものじゃない。わたしのお父さんとお母さんの子供でわたしの妹で、妹は妹自身のものだよ」

冷静に、努めて冷静に、友人は言葉を選びながら異様で異質な少女に言葉を返す。

「あのこはあたしのもの!!ずっとあたしとあそぶんだよぉー!!」

少女は前に歩み出て友人の手を掴むと、顔を見上げてきました。

友人と目を合わせてニタニタと笑う。

少女は、まるでふくろうのようにくるりと頭だけ逆さまになっていました。

友人はそんな少女の姿を見ても、まゆを寄せて嫌悪けんおの表情を浮かべるだけ。

なにがなんでも妹を返してもらう。

こんなわけのわからないものに妹は奪わせない。

友人の頭の中はそれだけでした。

「妹はわたしとお母さんと家に帰るんだ」

そう一言、友人が言うと少女の表情が見る見る間に変わっていきます。

目をつりあげて、友人を睨みつけます。

頭は梟のようにくるりくるりと回り、肌はどろどろに溶けていく。

けれど少女の声は変わらず楽しげなまま。

「それじゃあ、かくれんぼしよう!!」

友人を遊びに誘う。

「お姉ちゃんが鬼ね!あたしがみつかっちゃったらあのこをともだちにするのはやめるね。みつからなかったらお姉ちゃんもあたしのともだちになるの!どう?」

少女は自信ありげにニタリと笑う。

友人は迷いなく静かに返事をする。

「いいよ」

「じゃあ、目を隠して数えてね!いくよぉー!」

友人は、少し大きめの声で数を数え始める。

もう、いいかい?

まぁだだよー!

何度目かの、そのやりとりのあと。

もう、いいかい?

もー、いいよーー!!

そう言われ友人は辺りをくまなく探し始める。

テーブルの下、レジ近く、トイレ、店員用の更衣室のロッカーの中まで、上も下も、見にくいすみや閉ざされた箱の中も全て見ていく。

友人は急いで探していたが、焦ることはなく丁寧に探していく。

友人には一つ、切り札があった。

それは制限時間でした。

少女は制限時間について言及げんきゅうしなかったからです。

つまり友人があきらめない限り、このかくれんぼは続くと考えました。

友人は絶対にあきらめないと何度も何度もファミレスの中を探していました。

けれどみつかりません。

もうどれくらいの時間探し続けたのかわかりません。

周りの風景は変わらないので時間の経過はわかりませんが、もう何時間、いえ、何日も探し続けた感覚だったそうです。

物をひっくり返しても、狭いところまで隈なく見ても少女は見つかりません。

あまりにもみつからないことに苛立ちの色が見え始めた時、ふと友人は思い返しました。

かくれんぼをしようと少女が言い出したときのことを。

その時、少女は制限時間の事を持ち出さなかったかわりに範囲についても何も言わなかった。

もし範囲がこのファミレスの中だけでなく、外まで広がっているのだとしたら時間制限もないが探す範囲も無限ということになる。

これは負ける前提のゲームだったのかもしれない。

少女が自信有りげな表情だった理由もそれならば合点がてんがいく。

友人を襲う絶望。

脱力感と底知れない無力さにさいなまれました。

もう無理だと叫べば、あの少女は勝ち誇った笑顔で目の前に現れるだろう。

もう終わらせてしまいたいという気持ちと、負けたくないという悔しさ、絶対妹を取り返すんだという決意。

ないまぜになった感情のまま友人はファミレスの外に出ます。

いとも簡単に外に出ることができてしまったということは、少女はファミレスではないところに隠れている。

探し続けた経験と、自身の直感がそう言っている。

広くただ広く、人の気配がこれっぽっちもない夜の道を当てもなく歩いていきます。

ほんの少し周りを見回して探す素振りをしてみせながら。

もしここで無理だと叫んでも、友人は負けるわけではないと思っていました。

なぜなら、妹のところにはいけるのだから。

けれど、きっと母や父の子供ではなくなってしまうかもしれない。

妹もわたしも自分自身のものではなくなってしまうかもしれない。

あの時の妹の異様さ、電話越しの母の心配したような声と少女に返した自分の言葉。

まだだめだ!

あきらめてはいけない!

友人は深く息をいてから、きつく前を見据みすえた。

そして、落ち着いて考えを巡らせる。

わたしは何か見落としている気がする。

今までの言動と状況を思い起こしていく。

かくれんぼをすることになった時。

少女が現れた時。

母に連絡した時。

ファミレスに入った時。

暗い夜道を歩いていた時。

妹を連れ戻した時。

塾の帰り道、妹の声を聞いた時。

友人は走り出しました。

最後の一縷いちるの望みをかけて。

疲れたからだむちを打ち、ひしゃげようとする心を奮い立たせて友人は目指した場所まで走っていきます。

そして友人はその場所までたどり着きました。

そしてむせ返る息をゆっくりと整えながら中に入っていきます。

そして辺りを見回して、そして叫びます。

「みいちゃん、みーつけたっ!!」

少し顔を上げて空に向かい咆哮ほうこうする友人の目からは、涙がとめどなく溢れていたそうです。

なぜなのか、その理由は明確な言葉にならない、適した言葉が見つからないとのちに友人は語っていました。

ただその時は、公園の片隅にうずくまっている少女とにこやかに笑う妹の姿を見て、なんとも形容けいようできない感情にまれたそうです。

妹をみつけた安堵、もう手を放さないという決意。

うずくまる少女をみつめることしかできない悲しさと寂しさ、虚しさと苦しさ。

そして行き場のない無力感。

様々な感情が波のように寄せてはまた違う感情を残していく。

友人はうずくまる少女の横で立っている妹の手を強く握る。

そして、妹に優しく笑いかけて友人は言いました。


「家に帰ろう」


気がつけば、そこはファミレスの電話の前でした。

きょとんとしながら友人を見上げる妹を抱きしめてから、横を見れば店員さんがそばにいてくれました。

そうか、あの時もこの店員さんが一緒に部屋にいてくれていたはずだったんだ。

電話が終わったことを伝えると、店員さんと一緒にその部屋を出ました。

当たり前だけれど何事もなく部屋を出れば、そこには賑わった店内がひろがっていました。

そして、席まで店員さんがついてきてくれて、ずっと友人たちが安心できるように近くにいてくれました。

ほどなくして、母が迎えに来てくれて、店員さんにお礼を言いました。

そして食事をしてから、あとから合流した父と、みんなで家に帰ったそうです。


誰にも怒られなかったし、その時のことを誰にも言わなかったそうです。

ただ、母はわたしが塾の日は仕事を早く切り上げて迎えに来てくれるようになったのだと、友人は嬉しそうに言っていました。

そして、その出来事からまもなく、その公園の片隅で行方不明になっていた子供のご遺体がみつかったそうです。

そして友人は言いました。

やっと、みいちゃんも家に帰れたんだと思う、と。

ずっとみつけてほしかったんだと思うと。

かくれんぼって、みつけてもらえないのが一番寂しいんだよね、と涙をにじませながら友人は語ってくれました。

そして、それからは絶対に妹から目を離せなくなったと困ったような笑みを浮かべていました。

妹はあの時のことをよく覚えてないみたいだけどわたしは鮮明に覚えてるから怖くて、と友人は言葉を続けた。

大事なものから目を離せる人は、きっとそういう怖い思いをしたことがないんだろうなと苦笑いをしながら。

いろんな人が世の中にはいると思うけど、わたしは教えてもらえたんだと思うから、きちんと大事なものは守る。

そう語った、大人になった彼女は自身の最愛の子を抱きしめ、優しい瞳で微笑みました。

大人になった今でも友人と妹は仲良く、そしてとても幸せそうに笑っている。

私はいつの日か、その少女にも幸せに笑ってほしいと、そう願わずにはいられませんでした。


あなたに大事なものはありますか?

あなたの手には何が握られていますか?

あなたはそれから手を放してはいませんか?

あなたはそれから目を背けてはいませんか?

あなたはそれから目を離してはいませんか?

きっと失ってから後悔しても戻らない。

友人のように教えてもらえることは少ない。

誰かに何かを言われたとしても、きっとその誰かは責任を取ってくれない。

あなたの大事なものはあなたにしか守れません。


あなたはそれをきちんと守れていますか?

あなたはそれをきちんと握っていますか?





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