遊園地

これは私が学生の頃のことでした。

その日は友人たちと、新しくできたアミューズメントパークへ車で行く予定でした。

免許をとって間もない友人のまだ慣れていない運転だったこと、少し距離のある通ったことのない道だったことが相まって、私たちは道に迷ってしまいました。

しきりに、ごめんねと謝りながら運転をしている友人を慰め、私たちは地図を片手に窓の外を見ていました。

けれど、地図にあるような建物はなかなか見当たらず次第に皆に不安が募りはじめた頃、助手席にいた友人が明るく大きな声をあげ、指をさしました。

「ねぇ!あれじゃない?」

運転席の友人と私が彼女の指の先を見ると、そこには古ぼけた遊園地が見えました。

ひとけがなく寂れているそれは、あからさまに廃園してからだいぶ年月が経っているように見えました。

友人は何をそんなに楽しそうにはしゃいでいるのだろう。

私が怪訝けげんに思い、前の席に座る二人を見ると、助手席の友人も運転席の友人も歓喜かんきの声を上げている。

二人ともどうしたの?

何言ってるの?

あんなところもうやってないよ!

私がそう声をかけ続けている間にも、車はどんどんとそのもうすで廃墟はいきょと化している遊園地に向かって進んでいきます。

辺りは真っ暗だ。

迷っていたとはいえそんなに遅い時間でもないだろうと思い、腕につけた時計を見るが壊れてしまって数字がわからない。

広がる空は黒く、雲が厚いのか星も月も見えない。

そして廃墟に近づけば近づくほど木々が深くなる。

慌てながら制止する私の声も虚しく、車は止まらずその場所へと近づいていってしまう。

私は彼女たちが心霊スポットになどにも興味がないことを知っていました。

友人たちは極端きょくたんに怖がりな女性でしたから。

だからこそ、今目の前で繰り広げられている彼女たちの行動は信じられませんでした。

まるで私の声など聞こえないかのように二人は、ただひたすらにさびれている遊園地へと目指していく。

まるで狂ったかのように楽しそうに、可怪おかしくなったかのようにはしゃいでいる。

私は恐ろしくなり、止まって!と、帰ろう!と、何度も声を張り上げるけれど無情にも車はその廃墟近くの片隅で停車した。

彼女たちはキャッキャと甲高かんだかい声を発しながら車を降りていく。

そして彼女たちは私にも降りるようにうながす。

「どうしたの?早く行こうよ!」

「ねぇ!出遅れちゃう!みんなどんどん入っていっちゃってる!」

ひとけのない場所に廃墟になった遊園地だというのに、彼女たちはあたかも周りに人がいるような、人で賑わっているようなことを口走っている。

それこそ私たちが目指していたアミューズメントパークにでも着いたかのような口ぶりだ。

私が一向いっこうに車から出ないことに、だんだんと友人たちは苛立ちはじめたようで声を荒らげていく。

「早く行こうってば!!みんな並びはじめちゃってるじゃん!!最っ悪だよ!!早く出てこいよっ!」

「もう先に私たちいたのにどんどん抜かされちゃってるじゃん!!ふざけんなよっ!!これで乗り物乗れなくなったらてめぇのせいだからっ!!」

口々に口汚くちぎたない言葉の数々で私を罵倒ばとうする友人たちを見て恐ろしくなりました。

まるで別人のようでした。

いつもは穏やかな性格の友人たちがそんなことを言うわけがない。

彼女たちはどうしてしまったのだろう。

私は混乱したまま恐怖と戦いながら彼女たちに行かないように何度も止めましたが彼女たちは苛立つばかり、激昂げっこうするばかりで話を聞いてはくれません。

だんだん私も苛立ってきました。

こんなに止めているというのに、こんなに彼女たちのために言っているというのに。

私の必死なうったえも何も聞いてはくれない。

帰らないなら、もう勝手にすればいい!

鍵を貸してよ!私だけ帰るから!!

こんなところに誰もいるわけないでしょう!!

二人ともおかしいんだよっ!!

私は車から出ることなく声を荒らげながら、開けられた窓から運転していた友人の鍵を奪い取る。

ひとけのない廃墟で私たちのののしり合う声だけが響いていたのです。

車内で後部座席から運転席にうように移動する。

エンジンをかけながら少し頭が冷えた私がもう一度友人の背中に声をかける。

本当に帰らないのか、ここには戻ってこないから二人は帰れなくなってしまう、とおどすように最後の忠告をしました。

彼女たちはそんな私をあざけりながら、どんどん廃墟の中に向かっていく。

私は言葉にならない感情に呑み込まれました。

それは苛立ちや寂しさと、無力さや虚しさが入り混じったなんとも形容けいようがたいものでした。

エンジンがかかり、車のライトが前をゆく二人の姿を照らします。

私が廃墟に入っていく彼女たちの背中をみつめていると、運転してくれていた友人の方がびくりっと体を一瞬震わせて振り返ったと思ったら一目散に車に向かって走ってきました。

「逃げてっ!!車を出してっ!!お願いっ!!早くっ!!」

逃げる?何から?

私には彼女が一人で走ってきているように見えているのです。

けれど彼女はしきりに後ろを振り返りながら何かを振り切るように走ってきているのです。

彼女は叫びながらこちらに向かってくる。

私は彼女の目を見た時に、まるで彼女の声にならない叫びが聞こえてくるようでした。

彼女の目は、自分を置いてでも逃げろと叫んでいたのです。

あとから考えれば、私に都合の良いように解釈しただけだったかもしれません。

けれどその時は確かにそう思ったのです。

だからこそ私は動きました。

車を切り返し、彼女の姿をバックミラーで見てから勢いよくバックして彼女の数歩前につける。

そして、急いで助手席のドアを開けて彼女の手を引き上げました。

そして彼女がドアを閉めるのが先か、私はアクセルを踏み込むのが先か。

思い切り踏み込み、一瞬で廃墟から遠ざかる。

ずっとバックミラーと後ろを交互に何度も確認していた彼女が、ある程度走ったところでほっと胸をでおろした。

もう大丈夫なのか、私が問うと彼女は自信なさげに言いました。

「たぶん……もう見えないから」

私には何も見えなかったのだけれど、と思ったけれど口には出さなかった。

私は車の速度をゆるめて慌ててシートベルトをした。

彼女も、私を見て慌てたようにシートベルトをしてからぽつりと呟きます。

「……ありがとう」

静かな車内ではその呟きは大きく響き、私は少し微笑んで彼女を見てから、こくんと頷きました。

それから私と友人はわざと明るい声で話をしていました。

沈黙や静寂が少し恐ろしかったのです。

私はそのまましばらく車を走らせました。

深い木々を抜けたとき、辺りは明るく空を見ればこれから沈もうとする太陽が浮かんでいました。

一瞬前までは真っ暗闇だったので、一夜を明かしてしまったのかとも思いましたがそうではありませんでした。

まるで先ほどまでが嘘のように正常に動いている腕時計を見てみれば、15時を指しています。

私たちがあの時、道に迷ったと辺りを見回した時がだいたい10時くらいだったので、5時間ほどしか経っていないということでした。

けれどそれでもやはりおかしいのです。

落ち着いて考えてみても廃墟で口論になっていた時間など多く見積もっても1時間足らず。

5時間なんて経っているはずもありません。

私たちは狐にでもつままれたような心地で顔を見合わせてから、安全運転でその場所を後にしました。

少し車を走らせれば見慣れた場所にたどり着き、私たちは無事に家に帰ることができました。

その日はもちろんアミューズメントパークになど行く気にもなれず、家近くのコンビニで友人の車から降りてそのまま別れました。


ねぇ、あのこ大丈夫だったのかな?


次の日、大学で友人に聞くと、彼女はきょとんとした表情で私をみつめてから小首をかしげて聞いてきました。

「あのこって?誰?」

私は慌ててもう一人の友人について話そうとしましたが、それは頭にもやがかかっているかのようにうまく言葉になりません。

目の前の友人は、そんな私をただただ困ったように笑いながら見ているだけでした。

その時、周囲の人の何人かにやはりもう一人の友人のことを聞いてみましたが皆、一様いちように同じ対応でした。

あの時、彼女たちにはあの廃墟がどう見えていたのか、目の前の友人は何に追われていたのか。

あの場所は何だったのか、あのときの時間の流れのおかしさは何だったのか。

何もわかりませんでしたがその時、目の前の友人がふわりと笑っている姿が私にはとても恐ろしく見えたのは何故だったのでしょうか。


あれから、何年も歳月が流れ、私はあの時一緒にいたもう一人の友人の、もう顔も思い出せないのです。






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