第10話 援助、猛毒、甘い誘惑

「勝手にしてください」

家司くんはそう言って、耳元からスマホを離してこちらに向かって歩いてきた。

「電話終わったんだ。どうなった?」

「どうもこうもありません。無視しました」

「え?迎えに行かなくて大丈夫なの?」

「はい、私の業務外なので放っておきましょう」

笑顔で言い放つ家司けしくんを、少しため息混じりでみつめてから思案する。

家司くんの言葉は別として、先ほどのヤギカガチさんの言葉を受けて女性だからか弱いと決めつけるのは逆に失礼なことだったかもしれないと思う。

けれどこのまま放っておいて、もしも何かしきみさんにあっては寝覚めが悪すぎる。

そう思い、俺は家司くんに声をかけた。

「でも、もし本当にしきみさんに何かあったら困るでしょう?夜も遅いし……確かに女性の一人歩きは危ないし」

俺が少し酔いがめた頭でどうしようかと考えていると、ふと自分に向けられた視線に気づく。

そちらに顔を向けると少し真剣な表情を浮かべた酒吞さけのみさんと目があった。

俺は驚いたが、なんとなくお互いそらすことなくほんの少しの間みつめあってしまう。

すると酒吞さんが深くため息をひとつ吐いてからニカッと笑い、手元にあった俺の上着をさしだした。

「物書きは心配なんだろ?なら、一緒に迎えに行ったらいい」

俺が上着を受け取ると、酒吞さんは先ほどまで彼が座っていたテーブルの近くまで歩いていく。

そしてそこに置かれていた酒吞さんの上着を羽織はおりながら言葉を続けた。

「俺はその小娘とやらとはそんなに面識めんしきないが、物書きは知り合いだろうから心配にもなるだろうさ」

「……すみません、心配性な性分しょうぶんでして」

「謝ることはねぇさ。物書きはな、男でも女でも同じように心配するんだろう。それこそ、もし俺が夜道怖いから迎えにきてくれって言っても、物書きは心配して喜んで迎えにきてくれるだろうからな!」

「もちろんですよ!」

「俺は物書きのそういうところも好きだからな!酔い醒ましにもちょうどいい!行こうぜ、物書き!」

「待ってください。先生が行くなら俺が一人で行ってきますよ」

「家司くん、俺も行くよ!俺が言い出しちゃったことだし、俺が待ってるのは心苦しすぎるから!」

少し俺をみつめてから、仕方ないですねと家司くんが肩をすくめる。

「……わかりました。まったく先生は律儀りちぎっていうか、義理堅ぎりがたいというか」

呆れたようにため息をく家司くんの隣でタマさんが手を上に上げながらぴょんと跳ねる。

「はいはーい!物書きくんが外に行くなら私も行くぅ!」

そして飛び込むように酒吞さんの後を追って玄関まで行くタマさんに慌てて声をかける。

「タマさん!ありがたいですけど夜ですし、さすがに外はもう寒いでしょうから!きちんとコートを着てくださいね」

俺がタマさんの上着を持っていってあげようと思い探していると、ヤギカガチさんがタマさんの上着を拾い上げた。

そんな彼も自身の上着をすでに羽織っている。

「おやおや、それでは私もお供いたしましょうね」

「ヤギカガチさんもありがとうございます」

俺もコートを羽織りタマさんの上着を持って玄関にヤギカガチさんと向かう。

靴をいているタマさんにコートを手渡すと、後ろから女将さんに声をかけられた。

「私も行きますよ物書きさん」

すでに準備万端の姿で女将さんが立っていた。

「はい、ありがとうございます。女将さん」

結局、みんなで夜に外に出ることになってしまったがそれもやっぱり心の何処どこかで楽しんでしまう俺がいた。


家司くんがあの後しきみさんに連絡して、近くのファミレスで待ち合わせすることになった。

どうやらしきみさんはイベントに参加していた作家さんたちやスタッフさんたちの打ち上げに同行していたそうだ。

そこに俺たちもいると思っていたが俺たちは酒吞さんたちと個人的な打ち上げをしていたのでそこにはおらず、もうおひらきという時にそれに気づいたしきみさんはかなり焦ったらしい。

それで家司くんに連絡したというわけだった。

「せんせぇ!ありがとうございまーすぅ!」

ファミレスに着いた俺たちはガヤガヤと全員で店内に入っていくのも申し訳なく思い、家司くんとヤギカガチさんが店内までしきみさんを迎えに行った。

お会計をしている家司くんたちを置いて先に外に出てきたしきみさんが、俺に向かって飛び込んでくる。

その寸前、しきみさんの首根っこを女将さんがつかみそれを阻止する。

「くっつかない」

「きゃぁ~、ごめんなさぁい!」

女将さんのその態度にもおくさず、反省しているとは思えないほど楽しげにしきみさんは謝る。

「これって経費でおちるんですか?」

ヤギカガチさんがファミレスのレシートをみつめながら家司くんに問いかける。

家司くんは忌々いまいましそうに目を細めてからぽそりと呟く。

「……小娘から回収します」


帰り道、しきみさんがぷんぷんとしながらこちらに詰め寄る。

「でもぉ、せんせぇ、ひどいですよぉ!わたしを置いて打ち上げしちゃうなんてぇ!仲間はずれにしないでくださぁい!」

俺がすみませんと言う前にタマさんが答える。

「仲間じゃないもん」

「あ、ひどいですよぉ!わたしもせんせぇたちと打ち上げしたかったぁ!」

「残念でした」

しきみさんは感じていないようだがかなり空気が悪い。

俺はしきみさんに納得してもらえるように言う。

「いや、結局どこのお店も混んでいて入れなくて」

家司くんが頼んでもいないというのに俺の言葉を引き継ぐように言った。

まるでしきみさんに自慢でもするかのように。

「先生のお家で打ち上げしたんですよ」

わざわざ言わなくてもいいと思ったが、もうどうしようもない。

家司くんの言葉を聞いたしきみさんはぴょこぴょこと腕を振りながら口を尖らせて言う。

「ずるいじゃないですかぁ!わたしも、せんせぇのお家、行きたかったぁ!!」

「はい?曲がりなりにもあなたは女性じゃないですか?さすがに男性の家に行くのは問題でしょう?」

間髪入れずに女将さんは当然のように自身のことを棚上げして、平然と言い放つ。

「物書き……今の女将さんの言葉、自分のこと棚上げしてるなぁと思ったか?」

酒吞さんが俺に小さく耳打ちをする。

「え?あ、はい。ちょっとだけ」

「だろうな。だが、絶対口には出すなよ。女将さんに……っされたくなければな」

いっつもここだけ聞こえないんだよな!こんなに近くで言ってるのに絶対聞こえない!本当に!なんて言ってるの?不穏さしかないんだけど!!

頭の中でそんな言葉が駆け巡ったが俺は酒吞さんの言葉に素直にしたがい決して女将さんのことを口には出さなかった。


女将さんがしきみさんと話をしていたが、酒吞さんやタマさんと話しながら前を歩いていた俺にはその全ては聞こえなかった。


「問題行動は控えられたほうがよろしいのではなくて?あなただって厄介事やっかいごとはお嫌いでしょう?」

「問題行動ってなんですかぁ?」

「物書きさんを巻き込むことですよ。軽率な行動はおやめなさい」

「ですからぁ、なんのことですぅ?」

「あなた……物書きさんのことお嫌いでしょう?」

「なんてことを言うんですかぁ?わたしはぁ、せんせぇのこと、とっーても好きですよぉ?」

「……」

「一緒にいるとぉ、とっーてもいい人でしょう?」

「……それ以上は言わなくてよろしい」

「ふふふ、そうですかぁ?」

「……あなたの存在は物書きさんのためになりませんよ」

「ふふ、それはどちらの台詞せりふなんでしょうねぇ?」


「……徒花あだばならぬ、にならないようにね」


後ろを振り返れば勝ち誇ったような表情を浮かべているしきみさんに、女将さんが何かを言っていた。

その時の女将さんの表情は、まるで鬼やあやかしのように空恐そらおそろしく、そしてひどく美しい微笑みをたたえていた。

なんと言ったかは聞こえなかったが、その言葉を受けたしきみさんの表情は一変していた。

まるで悔しがるような、いや、心外だと言わんばかりの表情だった。

しきみさんのあんな表情は初めて見た。

俺の視線に気づいたしきみさんは一瞬だけ目を細めて俺をにらむような瞳を見せた気がした。

けれどそれも俺の思い違いだったかもしれない。

「はぁい!きもめいじておっきまーす!」

しきみさんはそう言い残して、さっと女将さんから離れると俺に近づいてきたからだ。

いつもの人懐っこい微笑みで。

「せんせぇ!今度はぜっーたい!わたしもお家に誘ってくださいねぇ!」

家司くんがしきみさんの前にふさがる。

「お断りします」

「いじわる言わないでくださいよぉ!もう!家司さんにはぁ、言ってないですぅ!」

「私の言葉は先生の言葉だと思ってください」

さらりと言ってのける。

俺は家司くんを少し見てからうなずいた。

「だそうです」

家司くんの対応に慣れてる俺は反論しなかった。

「えぇー!家司さんの横暴おうぼうぅ!いじめっこぉ!」

ぷんすかしていたしきみさんだけれど、それ以上駄々をこねることもなく楽しそうに歩いていた。


「せんせぇは動画配信とかしないんですかぁ?」

「いやぁ、俺はそういうのはわからないからなぁ」

しきみさんはりずに俺の肩にしなだれかかろうとした。

俺がける前に、今度は家司くんが首根っこを掴んで阻止した。

家司くんに掴まれたままでしきみさんは会話を続ける。

「わからないならぁ、全然わたし教えますぅ!そうだっ!今度わたしの動画に出てくださいよぉ!コラボしましょうよ!」

「いや、うーん。しきみさんに悪いからね」

しきみさんが無邪気にニコニコと話す姿を見て、きっと愛嬌がある子なんだろうなと思った。

距離感は近く困らされることもしばしばあるかもしれないが、楽しそうに話すしきみさんはきっと周囲の人たちのムードメーカーなんだろう。

「先生を困らせない」

ぐい、とリードを引くように首根っこ掴んでいる家司くんが少し力をこめる。

しきみさんがとがめるような目で家司くんを見てから文句を言う。

俺はタマさんに声をかけられて少し足早にそこから離れた。

タマさんの隣でいろんな話をしながら秋の夜の道を歩いていた。






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