第8話 楽しい時間
「今日はサイン会に来てくれてありがとうございました。そういえばこうやって
俺は珍しく少しほろ酔い気分になりながら、隣に座っている酒呑さんや女将さんに声をかける。
サイン会の終了後。
女将さんたちの
いつもの女将さんのお店はサイン会の会場から離れていたので、まず近くの居酒屋やファミレスに向かった。
しかしイベント後ということもあってどこも団体客が多い。
待ち時間も相当なものになりそうなので、打ち上げ自体を諦めざるを得ない状況だった。
そんな時に俺の担当である家司くんがある提案をした。
「いいことを思いつきました。つまみは
「いいな!」
「そうしよう!」
酒吞さんとタマさんが
3人とも、さも名案だと言わんばかりだが
タマさんはノリノリだが、女性は男性の家に来ることは恐ろしく感じたり
ここは家主の俺が
「あのですね、さすがにいきなり人を家にあげられるほど片付いてないし、突然人の家に行く方も気を使うでしょう?女性は男の家は嫌でしょうし」
「物書きさんのお家ですか。ご迷惑でなければぜひお邪魔してみたいですね」
俺が言葉を言い終える前に女将さんが家司くんの提案に賛成する。
思わず女将さんを見ると女将さんは
どうやら俺の心配は
そのため息は安堵から出たものか
「
家司くんが静かに周りを見渡して言った。
「満場一致ではないよ?俺を見て?」
俺は静かに反論するがみんなはわくわくしながら家司くんの後ろについていってしまうので、仕方なくあとに続くことにした。
「物書きさんには申し訳ないですが、私も誰かの家呑みは賛成です。
ヤギカガチさんがいたずらっ子のように微笑む。
「ヤギカガチさん……俺の家でもなるべく好き勝手しないでくださいね……」
俺はなかば諦めながらそう答えた。
そんなに時間は経っていないと思うのに空は夕焼けから夜へと変わっていく。
近所のスーパーでつまみになるものをみんなで選びお酒も買う。
最初は戸惑い気味だったが、いざやってみるとドラマやマンガで見る大学生の青春みたいで心が
夜道を友人たちとお酒の入ったレジ袋を持って歩いているのはなんだかとても楽しい。
成人を超えている人間ばかりだし悪いことは何もしていないのだが、いけないことをしている気分で言いしれない背徳感を感じる。
普段とは違う非日常がとても心地よく感じられた。
女将さんたちと出逢ってからは楽しい非日常が多いと思っている。
まるで夜遊びをしている若者のようにはしゃいでいる俺は、若い頃に置き忘れた青春を取り戻している気分だ。
結局俺もみんなでする打ち上げを楽しみにしているのだ。
少し涼やかな風に髪を遊ばせながら俺たちは、たわいもない話に花を咲かせ笑いながら歩いていった。
そして今に
みんなで
テレビを見ていたり、話に花が咲いていたり静かに酒を嗜んでいたりと、みんな好き勝手しながらこの酒の席を楽しんでいるようだった。
俺は誰に声をかけることなく立ち上がるとテーブルから少し離れた窓に近づく。
もちろん
緩やかに風が頬を撫でてその涼やかさが心地よい。
真冬ならば寒すぎてしまうかもしれないが、秋めいた今の季節は外にいても過ごしやすい。
静かに風にあたりながら、ふとみんなのいる場所をみつめる。
窓は閉めているので声までは聞こえないがみんな楽しそうに笑っている。
家司くんと酒吞さんたちが一緒に笑い合っているのを見てなぜかほっとしている自分がいた。
空を見上げながら思う。
長い付き合いの家司くんと、出逢いは最近だが急速に仲良くなり毎日のように楽しい時間をともに過ごしている酒吞さんたち。
どちらも俺にとって大切な存在なんだなと実感している。
カラリと窓の開く音がしてそちらを見る。
「楽しそうでよかったです。物書きさん」
女将さんがいつものように優しい微笑みをたたえてそこに立っていた。
「顔、にやけてました?」
「ニコニコしてました」
困ったように問う俺に女将さんはふふ、と笑いながら答える。
「今日は不思議な
「家って……あのお店って女将さんのお家なんですか?」
「そうですよ?2階で暮らしています」
「そうだったんですね。俺知りませんでした」
ふふふ、と女将さんが楽しげに笑う。
本当に美しい女性だと思い少し緊張してしまう。
「そう、思いだしました。今日、お酒やお料理の支払いを物書きさんがしてくださっていたでしょう?おいくらでした?私の分をお支払いしたくて」
「あぁ、大丈夫ですよ。気にしないでください。今日は俺にごちそうさせてください。スーパーのお酒とお惣菜だけですけど」
俺の言葉に、申し訳無さそうにする女将さんに言葉を続ける。
「最初の時も酒吞さんに
俺がそう言うと女将さんは少しだけ顔を明るくさせて何かを考える
そして何か
「それではありがたくごちそうになりますね。けれど、私たちが物書きさんに会いたくてイベントに突然お邪魔してしまっただけですので。ごちそうになるのは申し訳なく思ってしまいます」
「いえ、いつも女将さんにはお世話になってますしこれくらいは」
「一つ何か注文してくださいな。今は手元にお
俺は一瞬目を丸くしてから、少し思案し目を細めて女将さんに問う。
「お品書きの中のものならどれでもですか?」
「えぇ。もちろんです」
「では、いつものようにお話をひとつ」
女将さんは、答えがわかっていたかのように表情を変えることなく頷いた。
「ここはお店ではありませんが、それでお礼になるのなら。かしこまりました。それでは一つ
「これはある月の美しい夜のことでした」
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