異界

これは私がまだ幼い頃のことでした。

人通りはあるけれど車はほとんど通れないくらい細い道の先に私がよく遊びに行く公園がありました。

公園の入口には表面おもてめんにだけ公園の名前が書かれている少しびついた金属の看板かんばん、中には砂場ともう訳程度わけていどに置かれた遊具。

そんなさほど大きくない公園でしたが幼い私にとっては絶好の遊び場でした。

私が遊んでいるとだいたいは一人、また一人とそこに集まってきて知り合いかどうかも関係なくみんなで遊びだす。

そんな近所の子供たちの楽しい場所でした。

その日もいつものようにその公園で遊んでいるとおなどしくらいの女の子が声をかけてきました。

「ねぇ、こんなところで何をしてるの?」

“一緒に遊ぼう”とか“まぜてー”とかを言われると思っていた私はきょとんとしてしまいました。

こんなところと言われてもここは公園です。

私はそこにあった砂場におもちゃのスコップを持ち込んで遊んでいただけでした。

私自身は何もおかしなことはしていなかったはずなのですが、彼女はまるで私が場違ばちがいなところにいるような、変なことをしている気にさせる物言ものいいで言いました。

私が何も言えずにいると彼女はぐいっと私の手を引いてその場をあとにしました。

そこにはただ物悲ものがなしそうにスコップが残されていました。

「どこに行くの?」

ずんずんと歩いていく彼女に私が我慢がまんできずに聞くと、彼女は少しスピード落としてからゆっくりと振り向き私に言いました。

「ここはね、来ちゃだめなところなの」

そう言って私の手をようやくはなしてくれました。

「いつもここで遊んでるよ?」

「ここはいつものところじゃないよ」

そう言われて慌てて周りを見回してみたけれど、そこはやはりいつもと変わらない公園に見えました。

私が小首こくびかしげていると彼女は公園の入口を指さしました。

「早くおうちに帰りなさい」

少し大人びた声音でそう言うと、彼女は先ほど私がいた砂場の方へと歩いていってしまいました。

少し迷っていた私ですが、彼女の言うとおり今日は家に帰ることにしました。

公園の入口に向かって歩いていきます。

目の先にはいつも私が遊んでいる公園名が書かれた看板が立っていてその先には私が先ほどまで遊んでいた砂場や遊具が広がっていました。

やっと帰れる、この場所から抜け出せる。

私は何故なぜかそう思いました。

そして公園の入口の一歩手前で私は立ち止まりました。

その時突然に気づいてしまったんです。

この場所の違和感いわかんに。

私の目の前にはいつもの公園が広がっている。

遊んでいる子は見えないし、にぎわう声も聞こえないけれど、目の前にあるのは確かにいつも私が遊んでいる近所の公園で間違いない。

公園の看板もしっかりと見えている。

そう私はずっと公園の入口とわかっている。

私が公園の中にいるならそれは出口と思うはずなのに。

私はずっと歩いていく先を公園の入口だと認識にんしきしていた。

そもそも公園内から看板に書かれた名前は見えるはずもない。

毎日のように通っている公園だというのに今の今までその違和感に気づかなかった。

そしてそれに気づいてしまった。

私の知っている公園は目の前にある。


では、私は今どこにいるのだろう。


私は先ほどまで自分がいた場所が気になりました。

後ろを振り向けばそれを知ることができる。

ただ後ろを振り返るだけ。

私が先ほどまでいた場所。

女の子がこんなところと言った場所。

女の子が何をしてるの?と言った場所。

私はあの時、どんな場所で何をしていたのか。

私はけっして駆けだしました。


振り返ることなく真っ直ぐに、公園の入口に向かって。


あの時の私には、振り返る勇気はありませんでした。

何だかとても怖かったのです。

二度と抜け出せなくなる気がして。

二度と帰ることができなくなる気がして。

二度とみこんではいけない場所な気がして。

私が入口から公園に入ると、先ほどまで静まり返っていたその場所は、誰も見えなかったその場所はとても賑わっていました。

私はやっと帰ってこれたという安堵あんどと一人ではえきれない寂しさに涙がこみあげてきました。

いつも一緒に遊ぶような子たちをみつけて、私は足に力が入らずよろよろとしながらも彼女たちに近づいていきました。

そして私はいつものようにこう言いました。

「一緒に遊ぼう」

彼女たちは私の声に振り向きいつものように一緒に遊びだします。

それからも

「まぜてー!!」

と言って続々ぞくぞくと子供たちがやってみんなで遊びました。

いつものように遊び、いつものようにお家に帰りました。

私はそれからもその公園を利用していましたが、二度とあの時の場所に迷い込むことはありませんでした。

そして数日後にあの場所におもちゃのスコップを忘れてきてしまったことに気づきました。

私は一応公園を探してみたのですが、そのスコップは公園のどこを探してもみつかることはありませんでした。

そして私は自分の直感が正しかったことを確信しました。

やはりあの場所はこの公園ではなく、そして私が今いるこの世界のどこにもないのだと思いました。

あのおもちゃのスコップはもう戻ってくることはないと思いました。

あのスコップはもう私の生きていく世界には存在しないのだと、そしてもしあの時、スコップを取りに戻っていたら私は今この世界に存在していないのだとそんな漠然とした確信があったのです。


時が流れて、自然とその公園からは足がとおのいてしまいましたが、今でも公園を見るたびその時のことをふと思い返します。

あの女の子は誰だったのか、あの女の子は砂場の方へと戻っていってしまったけれど大丈夫なのか。

そして彼女は今でもあの場所に迷い込んでしまった誰かの手を引いて

「早くお家に帰りなさい」

少し大人びた声音で、誰かにそう言っているのだろうか。

とても恐ろしい記憶ですけれど、とても優しくしてもらった。

そんな思い出でもあるのです。






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