赤いもの
これは私の友人から聞いたお話です。
彼女は旅行が趣味で休みがあれば
その日もある地方に旅行に行きました。
旅行先に着いてみると自然がたっぷりで晴れ渡る青空に浮かぶ入道雲が絵になる景色だったそうです。
彼女は宿泊するホテルを目指して両側を山に囲まれた道をゆっくりと歩いていました。
人通りは少なくごくたまに車が通り過ぎるくらいで、誰かに
うだるような暑さも遠くに聞こえる
日頃感じている
長く続いている道を進んでいくとバス停が見えてきました。
彼女はその
この先はまだ道は長く続いていそうだ。
歩いているのは心地よいけれど、山の天気は変わりやすいとも聞く。
ホテルのチェックインの時間も心配だ。
彼女は時計で今の時間を確認すると時刻表でこれから来るバスを探しました。
人通りが多い場所ではないのでバスの本数も限られていそうでしたが、幸いなことにバスはあと10分程度でやってくる。
彼女はバスを利用することにしました。
彼女は停留所に
誰もいない静かで空気のよい場所で穏やかに流れていく時間が心地よく、座っていると少々疲れ始めた足もゆっくりと
ほんの少し目を
「ついていってもいい?」
彼女は慌てて目を開きました。
そして急いで辺りを見回します。
けれどたった今確かに聞こえた声の主の姿は見当たらなかったそうです。
若い女性の声だったそうです。
その声は彼女のすぐ耳元で聞こえたはずでした。
彼女が目を開くまでほんの一瞬だったというのに若い女性はおろか辺りは車も通っておらず人は誰一人見えませんでした。
目の前には道を
腕時計を確認するとあと数分でバスが来る時間だとわかり彼女は荷物を持って立ち上がりました。
バスが来るであろう方向に顔を向けて腕時計と道の先をちらちらと何度も
誰もいない空間が急激に恐ろしくなったのです。
「ねぇ、ついていってもいいかなぁ?」
その声はまた聞こえました。
すぐ前から。
彼女の目はバスが来る方向の道を見ているので、しっかりとは見えてはいませんでした。
しかし目の
何かいる……。
彼女はそう思っても視線を向けることはできませんでした。
一体どのくらいの間そうしていたのでしょう。
彼女は恐ろしくて動くことも逃げ出すこともできずただひたすらに道の先を見ていたそうです。
もう来てもいいはずのバスは
そんな時間がいつまで続くのかと
そしてその赤いものはだんだん広がっていく。
私の視線の先に来ようとしているっ!!と彼女は息を呑みました。
恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
けれど目を瞑ることも恐ろしくてできない。
彼女はもう腹をくくるしかないと思ったそうです。
けれどその赤いものはゆらゆらと彼女の視界のぎりぎり見えるところで揺れ動くばかり。
ゆらりゆらりと何か布が風で揺れているみたいに。
そのうち少しずつ赤いものは目の端に戻っていき完全に視界から消えたそうです。
彼女は自分が見たものは一体何だったのか、わからないままバスは予定よりわずかに遅れてやってきました。
長いと思っていた時間はほんの
彼女は
ゆらりゆらりと。
まもなくその日、宿泊するホテルに到着しました。
彼女は受付のためフロントにいた男性に声をかけました。
まだ
それでも彼女は
本日予約を入れていた
けれどフロントスタッフはすぐに顔を
「本日はお一人様のご予約をいただいているのですがお
彼女は一人旅です。
ここまでも一人でやってきました。
お連れ様などいるはずもありません。
あの女性の声と赤いもののことが。
「……私、今、一人なんですけれど」
震える声でそう一言だけ声にするとフロントスタッフは一度大きく驚いた表情を見せてから静かに
もう何も聞きませんとでも言うみたいに。
「かしこまりました。それではすぐにお部屋までご案内致しますので少々お待ち下さいませ」
彼女は背筋が冷たくなりながらもフロントスタッフの案内を待っていました。
フロントスタッフはどこかに連絡しているようで少しの間、彼女は待たされました。
すると少々年配の男性スタッフがフロントに足早に近づいてきました。
フロントスタッフが何かを必死に男性スタッフに伝えると男性スタッフはちらりとこちらを
そしてそのまま体が
様子がおかしくなったことに気づいたフロントスタッフは男性スタッフに声をかけました。
「支配人?どうしました?」
その言葉にも支配人と呼ばれた男性スタッフは応答することなく目を
彼女はその支配人の姿にもしかしたらこれまでの不可思議な出来事の原因はこの男にあるのではないかと思ったそうです。
そしてその予感は的中していました。
「ただいま」
本当に嬉しそうな声がして
そして私の友人はその時、気づいたそうです。
あの時、目的地は同じ場所だったのだと。
あの声は
そして女はついてきたのです。
女は帰ってきたのです。
目の前の男のもとまで。
女と男の関係までは知る
私の友人はそれを追求する
フロントスタッフが彼女を見送るためにホテルの前まで出ようとすると支配人の情けなく引き止める声がしていて彼女は後ろを振り返ることなくホテルに背を向けて歩き出しました。
数歩進んでからバスの時間がわからないことを思い出しました。
フロントスタッフにでも聞こうと思い振り返るとそこには赤いものが広がっていました。
私の友人は息を呑み、ホテルに駆け込むとフロントスタッフに叫びました。
「きゅ……救急車をっ!!人がっ!!」
彼女が振り返った先では支配人が血を流して倒れていたのです。
血は背中から
その時はじめて彼女は女の姿を見たそうです。
赤いロングコートは
男に
裸足のままなことも気にもせず男の顔に手を
そして本当に嬉しそうに可笑しそうに
その時、女は何かを言ったがその声はもう私の友人には聞こえませんでした。
けれどその姿を見れば声など聞こえなくても女の言った事がわかったそうです。
「もうずっといっしょだよ」
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