第4話
俺の父は地元では名士と称される伝統企業の経営者だった。旧家の流れを汲む血筋であり、父の経営する企業グループは俺の生まれ故郷の地域経済を左右するほどだった。そして、家の中での父は暴君そのものだった。俺はそんな父の従属物として、絶え間ない暴力に晒されていた。母は父の暴力に晒されている俺を見ても光の無い双眸で見つめるだけで声一つ発することもなかった。母もまた父が振う暴力の嵐の犠牲者だったのだ。
父の暴力が生み出す家庭という名の地獄に囚われていた俺は、因果の巡りか、俺自身もまたごく小規模な地獄を生み出すこととなった。
最初は虫だった。虫を見つけてきて命を毟り取っていく。それ自体は少年にはよくあることだろう。だが俺はエスカレートしていった。次に小鳥、そして猫を殺すに至るまでにはそんなに時間がかからなかった。父に暴力が振われると猫を見つけてきては殺すようになった。そんな俺が生み出す小さな地獄を父と母が知っていたかは分からない。知っていたとしても何も言わなかっただろうとは思う。
また、猫を殺すのと並行して同級生にも暴力を振るうようになっていった。俺の家柄は校内では知れ渡っており、俺の暴力を諫めるものはいなかった、教師でさえも。暴力とはいえ、猫に対するものと違って同級生に対するそれはたわいもないものだった。殴る、蹴る、せいぜいその程度。その頃の俺がもっと先の暴力を求めていたかどうかは今となっては思い出せない。
あの日は俺は塾の帰りに獲物を見つけようと公園に立ち寄った。いつものように獲物を物色していると木立の陰に同級生の村田の姿を認めた。村田は何人かいる俺の標的のうちの一人だった。貧しい母子家庭育ちで頭も力も弱く、そう、俺の標的になるべくして生まれたような人間だった。
「村田か?」
村田は酷く怯えた様子で肩を震わせ答えた。
「吉岡君?」
何かを隠すように動いたのが気になった俺は問いかける。
「こんなところで何してるんや」
「いや、ちょっと」
「ちょっとってなんや。なんか今隠したやろ」
目を逸らして答えようとしない村田に苛立ちを覚えた俺は歩を進めた。なおも体をよじって何かを隠そうとする村田を突き飛ばして隠そうとしていたであろう場所を見た。そこには汚い布にくるまれた茶虎の猫がいた。
「なんや、お前こいつを飼ってるんか」
「いや、飼ってるんちゃうけど…」
「それやったら俺がもろてくわ」
「やめてくれ!」
村田が俺を突き飛ばして子猫を庇う様に抱きかかえた。俺は気づいた。こいつは知っている、俺が何をしてきたか、そしてこれから何をしようとしているかを。心の底からどす黒い塊がせり上がってきた。
”こいつが絶望するところが見たい”
俺は身を固くしてうずくまる村田に近づいた。
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