第三十一話 不運の真実
「……あんた、
世の中を憎んでいるような目つきのまま、
俺が勝政に呼びかけようとすると、柳楽が先に踏み出して俺を制した。そうだ、これは柳楽の仕事だ。俺は付き添いに過ぎない。喉元まで出かかった感情を呑み込み、俺は一歩下がった。
柳楽は舞台に立つ主演のように、片足を引いて右手を胸に当て、逆の手の平で天を示し綺麗なお辞儀をしてみせる。
「お初目にかかります。私は情報屋『禁断の果実』、
「情報屋? それが僕に依頼とは。……待て、『禁断の果実』? 聴いたことがある。呪術者でもないくせに変な術を使う、裏の世界では知れた情報屋だ。それが女の、しかも子どもだったなんて」
余裕に構えていた
「柳楽さんって言ったか。僕になんの用なの? 有名人がまさか僕なんかに依頼するわけないよね。自分でやったほうが早いもの。……その様子だと、僕の仕事の邪魔にきたのかな」
「結論から言うとそうなるかね。本当は呪術者の
焦りを見せながらも尊大に構えていた
「ただ呪術を顧客に与えるだけなら、私は口出ししない。素人の呪術なんか大抵は失敗に終わる。それで客が自滅しようと自業自得だ」
「だったら」
「しかし、君は杉岡神社のお札に込めた自分の不運を客に押し付けているな。それは純粋な呪術ではない。神の力を利用したイカサマだ」
瞬時に鋭い目つきへ変わった柳楽に、勝政がひるんだように足元の砂利を鳴らす。柳楽はそれに微笑んだ。
「私自身は呪術に詳しいわけじゃない。だから呪術界に詳しい者へ直接確認を取った。運――幸運と不運のバランスは神の領分。呪術だけではその移動、まして人に自分の不運を他者に移行させるなどできない。呪術者なら思いつきもしない手法だそうだ。君がそれを思いついたのは、
急に俺の名前が出て呼吸を止める。柳楽と
「なんだ、
「……春高先生、貴君は不運などではない。貴君は、他人の不幸を喰っているのだ」
強い風が吹いた。水面を渡って冷やされた風が俺たちの肌を撫でていく。その異様な冷たさに俺は鳥肌を立てた。柳楽がなびいた長髪をかき上げる。その奥で
「この世には運気の流れがある。その中で幸運と不運とが平等に漂っているのさ。奇跡とはたまたま幸運の空気に触れたというだけのこと。運とは本来、人間の人生を左右するほどのものではない。ずっと幸運だとか、ずっと不幸だとかが人間の意思を超えて
沈痛な面持ちの柳楽が近寄ってきて、俺の手を取った。労わるように両手で俺の節くれ立った手を包む。彼女の温かさが、俺の手が冷たくなっている事実を突きつけて来る。
「今まで見てきて違和感がずっとあった。不運という割に、貴君の周囲で不幸になった者はいない。不運というものは個人の中に納まるものではない。必ず周りにも影響を及ぼす。しかし貴君はそうじゃない。むしろ、周りの人間は幸運を得ている」
柳楽は一つ一つ、丁寧に説明を重ねていく。だが俺には何のことか分からなかった。分かりたくなかった。けれど脳みそはもう、その先に続くだろう言葉を正しく理解していまっている。
心臓が限界まで脈打つ。早くなり過ぎた血流がこめかみを破るほど強く響く。こんなに圧迫感があるのに、真っ黒に渦巻く予感は俺の胸を空っぽにしていった。
「貴君に、不幸になるような術は掛かっていない。その程度なら私の力で消せるはずだ。だができない。だから、貴君に掛かっているのは神の祝福で間違いない。貴君が周囲の不運を喰らうことで、不運を失った周囲は自動的に幸運となる。そういう、自分の犠牲で他者を救う歪んだ祝福が」
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