第三十一話 不運の真実


「……あんた、柘弦つづる君か。驚いた、柘弦つづる君が依頼者? じゃあそっちの子はなに?」


 世の中を憎んでいるような目つきのまま、勝政かつまさは俺たちを迎えた。口角は上がっているが、貼り付けたような笑顔だ。前はこんな顔する奴じゃなかったのに。


 俺が勝政に呼びかけようとすると、柳楽が先に踏み出して俺を制した。そうだ、これは柳楽の仕事だ。俺は付き添いに過ぎない。喉元まで出かかった感情を呑み込み、俺は一歩下がった。


 柳楽は舞台に立つ主演のように、片足を引いて右手を胸に当て、逆の手の平で天を示し綺麗なお辞儀をしてみせる。


「お初目にかかります。私は情報屋『禁断の果実』、柳楽なぎらという。春高先生は貴方あなたと面識があるようだったから、付き添いを頼んだだけだ。依頼の連絡を入れたのは私だよ、『呪い屋』長正路ちょうしょうじ勝政かつまさ


「情報屋? それが僕に依頼とは。……待て、『禁断の果実』? 聴いたことがある。呪術者でもないくせに変な術を使う、裏の世界では知れた情報屋だ。それが女の、しかも子どもだったなんて」


 余裕に構えていた勝政かつまさがここにきて狼狽ろうばいを見せた。顔には焦りが浮かんでいる。柳楽ってそんな有名だったのか。しかも恐れられてる方面で有名なようだ、覚えておこう。


「柳楽さんって言ったか。僕になんの用なの? 有名人がまさか僕なんかに依頼するわけないよね。自分でやったほうが早いもの。……その様子だと、僕の仕事の邪魔にきたのかな」


「結論から言うとそうなるかね。本当は呪術者の界隈かいわいには関わりたくないんだが、これは神にも関わる問題だ。つまり、私の管轄なのだよ」


 焦りを見せながらも尊大に構えていた勝政かつまさが、神という単語に反応した。神に関わるって、どういうことだ? 勝政は神社の威光を利用してるただの管理者じゃないのか。俺の頭に浮かぶ疑問など知らない柳楽は無遠慮に意地の悪い笑みを浮かべる。


「ただ呪術を顧客に与えるだけなら、私は口出ししない。素人の呪術なんか大抵は失敗に終わる。それで客が自滅しようと自業自得だ」


「だったら」


「しかし、君は杉岡神社のお札に込めた自分の不運を客に押し付けているな。それは純粋な呪術ではない。神の力を利用したイカサマだ」


 瞬時に鋭い目つきへ変わった柳楽に、勝政がひるんだように足元の砂利を鳴らす。柳楽はそれに微笑んだ。


「私自身は呪術に詳しいわけじゃない。だから呪術界に詳しい者へ直接確認を取った。運――幸運と不運のバランスは神の領分。呪術だけではその移動、まして人に自分の不運を他者に移行させるなどできない。呪術者なら思いつきもしない手法だそうだ。君がそれを思いついたのは、春高はるたか先生がきっかけか」


 急に俺の名前が出て呼吸を止める。柳楽と勝政かつまさを交互に見つめるが、二人は俺に声をかけはしない。俺は蚊帳かやの外だ。


「なんだ、柘弦つづる君のこと気づいたんだ。しかもその様子だと、柘弦君にはまだ伝えてない? 残酷じゃない、それ」


 勝政かつまさの挑発めいた言葉に柳楽は俺を振り返り、落ち着きを払って視線を合わせてきた。俺はそれを見返すことしかできない。今すぐどういうことか問いただしたい衝動に駆られるが、柳楽の瞳に影を見出した俺は、勢いをしっして彼女の言葉を待った。


「……春高先生、貴君は不運などではない。貴君は、他人の不幸を喰っているのだ」


 強い風が吹いた。水面を渡って冷やされた風が俺たちの肌を撫でていく。その異様な冷たさに俺は鳥肌を立てた。柳楽がなびいた長髪をかき上げる。その奥で勝政かつまさは俺を見てわらっていた。


「この世には運気の流れがある。その中で幸運と不運とが平等に漂っているのさ。奇跡とはたまたま幸運の空気に触れたというだけのこと。運とは本来、人間の人生を左右するほどのものではない。ずっと幸運だとか、ずっと不幸だとかが人間の意思を超えてかたより続けるというのは理論上あり得ないのだよ」


 沈痛な面持ちの柳楽が近寄ってきて、俺の手を取った。労わるように両手で俺の節くれ立った手を包む。彼女の温かさが、俺の手が冷たくなっている事実を突きつけて来る。


「今まで見てきて違和感がずっとあった。不運という割に、貴君の周囲で不幸になった者はいない。不運というものは個人の中に納まるものではない。必ず周りにも影響を及ぼす。しかし貴君はそうじゃない。むしろ、周りの人間は幸運を得ている」


 柳楽は一つ一つ、丁寧に説明を重ねていく。だが俺には何のことか分からなかった。分かりたくなかった。けれど脳みそはもう、その先に続くだろう言葉を正しく理解していまっている。


 心臓が限界まで脈打つ。早くなり過ぎた血流がこめかみを破るほど強く響く。こんなに圧迫感があるのに、真っ黒に渦巻く予感は俺の胸を空っぽにしていった。


「貴君に、不幸になるような術は掛かっていない。その程度なら私の力で消せるはずだ。だができない。だから、貴君に掛かっているのは神の祝福で間違いない。貴君が周囲の不運を喰らうことで、不運を失った周囲は自動的に幸運となる。そういう、自分の犠牲で他者を救う歪んだ祝福が」


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