第二十九話 繋がる


 炊きあがった飯をよそいで、二人でカレーを食べる。小さなテーブルに皿を持ってきての夕食だ。


 柳楽は料理の腕前を謙遜けんそんしていたが、そのカレーはめちゃくちゃ美味かった。市販のルーを使っているはずなのに俺が作るより数段美味い。


 特筆するような調理はしてなかったんだがな。やはり基本に忠実なのが最良なのかもしれない。むしろ俺が作るカレーはなんで不味くなるんだ。


 野菜の大きさも丁度良く、まるで俺の好みをリサーチして研究して作ったみたいな味だった。と言っても柳楽はなんでもないように食べていたから、彼女にとってはこれが普通なのだろう。まさか味の好みが似ているのだろうか。同士を見つけた気分だ。


 食事の時間はすぐ終わり、皿を水につけている間に柳楽は今日の本題を切り出した。


「今日は朝から旧湯上ゆがみ村の地区を回ってみた。するとあのほこらと同様、荒らされた形跡のある祠を二つ見つけたよ」


「あっ、じゃあまたあの舞を?」


 見たかったなぁと呑気のんきにも考えてしまった。あれは綺麗だったからな。しかし柳楽が首を横に振り、俺の問いを否定する。


「いや、今日はいろいろ準備して行っていたからね。お札を貼ってお終いさ」


 そうか……。それはよかったと安心するような残念なような。


「その後、市役所と図書館に行って昔の湯上村の地図をコピーさせてもらってきた。郷土資料によれば、あの複数の祠はやはり、全て室町の飢饉ききんで起きた事件の犠牲ぎせい者を祀るために作られたものだ。後年に建て直しはあっているが、場所は動いていない」


 言って、柳楽がテーブルに広げたのは数枚の用紙だった。元の地図はそうとう古いものらしく映った紙は黄ばんでいる。村の地図が書かれているが、家の在処ありかを囲む枠も住民の名前も全部が手書きだ。


 柳楽の白く細い指が、紙をパネルのように滑らせ組み合わせていく。ものの数秒で湯上町とその周辺を描いた地図が出来上がった。


「あまり古い物は現存していなくてね。最古の物は明治初頭に作られたこの簡素な地図だ。――ここを見てくれ」


 指が俺の視線を引っ張っていく。ピタリと動きを止めたのは、村から少し離れた山の中腹だった。


「ここ、不自然に空間が空いているのが分かるかい? そしてこっちが合併後の地図だ」


 次いで取り出したのは白い紙だった。それを湯上村の地図の上に重ねる。倍率の関係もあり二つにはズレがあるが、道の形でわかる。先の不自然な空間。そこには今、あの杉岡神社が建っているのだ。


 その空間に昔何があったかは分からない。古い地図のほうには住人の名前しか書かれておらず、それ以外の情報が記載されていない。肝心の神社が建てられる前の詳細が不明なのだ。


「ここに何があったかは……」


「まだ確かな調べがついていなくてね。ただ、杉岡神社が八十年ほど前に別の所から移設されたことだけは確かだ。そのあたり、長正路ちょうしょうじ氏と会う前に情報をはっきりさせておきたかったのだが……」


「その長正路ちょうしょうじが俺の知ってる奴なら、そんな警戒しなくてもいい。勝政かつまさは気の良い奴だったぞ。毎年俺の誕生日を祝ってくれてたし」


 勝政かつまさは俺の失敗を笑って許してくれる奴だった。他の奴と話してるのはあんまり見なかったが、俺には良くしてくれていた。中学の時のあいつは保健委員だったから、よく世話になってたし。文句言いつつもしっかり手当てしてくれたっけか。


「貴君の意見は尊重したいのだが――っと、すまない」


 言葉の途中で重厚なオーケストラ音楽が流れだした。どうやら柳楽のスマホに着信が入ったらしい。明らかに初期設定の曲じゃないな。わざわざ変えたのか。


 着信画面を見た柳楽はおっと目を見開き席を立つ。待ち望んだ相手だったようだ。


 俺に断ってベランダに出た柳楽の表情は最初柔らかく、次第に暗くなって行った。いったい誰と何の話をしているのか。数分で帰ってきた彼女は、酷く気まずげな顔をしていた。


樺冴かご──いや、例の呪術に詳しい子から連絡があった」


「あの子か」


 柳楽が友人の座を虎視こし眈々たんたんと狙ってる子か。俺は会ったことも喋ったこともないが。


長正路ちょうしょうじ氏は、春高先生と同じ学校に通っていた同級生の長正路ちょうしょうじ勝政かつまさで間違いない。そして、その彼は今、呪術者に身を落しているらしい」


 呪術者という言葉に聞き覚えはない。しかし柳楽の表情から、それが悪い知らせなのは確かだと分かる。


 どうやら俺の友人は、彼女の顔を曇らせることになっているらしかった。


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